2006年の結成以降、米国オハイオ州クリーブランドを拠点に新時代のアンダーグラウンド・シンセ・ミュージックを開拓してきたEmeralds。煌びやかなMark McGuireのギターとともに、一筋縄にはいかない強烈かつメロディックなシンセサウンドを鳴らしてきたのが本稿の主役、John Elliottである。Emeralds以外にもColored Mushroom And The Medicine RockやMistなど、さまざまな名義で作品をリリースし続けており、1970年代のプログレッシヴ・ロックやフリー・ジャズを独自の視点で解釈したシンセサイザー・ドローン・ミュージックで、「新世代のシンセ・マスター」として高い評価を得ている。

Emeralds亡き今、彼の名を日本において大きく飛躍させたのが、Labyrinth 2012でのOuter Space名義のパフォーマンスであったことに異論の余地は無い。膨大なモジュラー・シンセサイザーが織りなす万華鏡のごとき世界観でオーディエンスを圧倒したのだった。また、先日開催されたLabyrinth 2013では別名義であるImaginary Softwoodsとして出演。Labyrinthのために組み上げたというカスタム・モジュラー・シンセサイザーを持ち込み、Outer Spaceとは異なるメロディックでレイドバックしたサウンドを披露した。そんな彼はインタビュー嫌いでもあるようだが、今回はLabyrinthのためならと特別に取材を受けてくれた。公演後の彼を宿泊先のホテルでキャッチした私たちは、カスタム・シンセサイザーや独特の音楽観念、制作手法について彼にじっくりと語ってもらった。

8歳の頃に初めてギターを手にした彼は、パンク・ロックなどのバンド活動に興じていた。だが、その頃の彼が好んで聴いていたのはPink FloydやHawkwindのような1970年代のプログレッシヴ・ロック・バンド、あとはパンク・バンドだとGerms、Flipper、Chromeなど、シンセミュージックだとTangerine Dreamなどだったと言う。そんな彼は21歳の頃、ギターの可能性に限界を感じてシンセサイザーへと転向し、今に至るキャリアを形成していった。まずは彼の独自の音楽性を形成するに至った経緯を知るべく、質問をぶつけてきた。

Pink FloydやGermsなどからはどんな影響を受けたのですか？

音楽的にと言うよりも哲学的な影響を受けた。それは音楽に対するアプローチという意味においてだよ。僕にとっては彼らが最終的にアウトプットしたサウンドよりも、彼らが採った音楽に対するアプローチの方が斬新だった。例えばChromeなどは、存在自体が未開の音楽を開拓していく「エクスペリメント」そのものだったと思っている。

2006年にはMark McGuireやSteve HauschidtらとEmeraldsを結成します。USインディ・シーンにおいてあなたたちが奏でたシンセ・ドローンは斬新なものでしたが、そのアイディアはどういったところから生まれたのですか？

Emeraldsはまずマリファナを吸うことから始まった……ああいったシンセサイザーのアプローチはフリー・ジャズの視点とも共通しているんだ。僕はTangerine Dreamのようないわゆるシンセサイザー・バンド的なアプローチではなく、ジャズ・ミュージシャンたちがよくやるようなインプロヴィゼーションに注目していた。とは言っても、僕たちは演奏テクニックなどの細かいテクスチャーにはこだわらず、シンプルかつフリーフォームな表現を求めていた。そういったアプローチ方法で初期の頃に影響を受けたのはDouble Leopardsだね。

Emeraldsのようにシンセを使ってバンドと一緒にインプロヴィゼーションをしていくには、ドローン的なプレイが自然とマッチングしていった？

そうだね。ただ、楽器がシンセサイザーというだけで基本的にはドラムやホーンなどと同じなんだ。お互いのフィールを共有して演奏する意味では、いわゆる生バンドの即興演奏と何ら変わりはしないよ。

Emeraldsと並行してあなたはOuter SpaceやMist、今回のImaginary Softwoodsとさまざまな名義を使い分けています。

名義を変えているのはその都度でセッションをしているメンバーが異なるからなんだ。ライブをやるときはバンド名をつけなきゃいけないからね。でも、今となってはこれらのプロジェクト名のせいで音楽が抑圧されているというか「この名義はこういう音だ」って決めつけられることもある。だから今は各プロジェクトを終わりに導いているところなんだ。ちなみにImaginary Softwoodsは場所につながりがあって、Outer Spaceはコンセプトにフォーカスしている。

Imaginary Softwoodsのプロジェクトをやっていたときは仕事もせずに一人で暮らしていた。その頃は毎日ドラッグを摂りながら、自分が音楽を創り出すためのインスピレーションを受けるためにSoftwoodsという想像上の空間に行っていたんだ。だからこのプロジェクトはImaginary Softwoodsという名前なのさ。

いずれにせよ、メロディックな世界観があなたの個性だと感じます。

僕は人間が色彩を感知できる能力を素晴らしいことだと思っている。だからその素晴らしい色を音楽で表現したい、ただそれだけなんだ。だからメロディックなサウンドになるのかもしれないね。

あなたの作品はカセット・テープやレコードという形態でリリースされていますがその理由は？

本当はどのフォーマットも好きなんだ。僕にとってはCDをプレスすると採算が取れないからカセット・テープやレコードにしているだけで、できることなら自分の作品もすべてCDでリリースしたいと思っている。

あなたが運営しているレーベルSpectrum Spoolsにはブルックリン発の気鋭バンドのFormaやフィラデルフィア出身の電子音楽家であるBee-Maskのような才能あふれるアーティストに加えて、Robert Turmanの『FLUX』のリイシューなども出がけており、いずれも素晴らしい音源ばかりです。このレーベルにはどんなカラーを持たせたいと思っているのですか？

正直に言うとコンセプトみたいなものは特にないんだ。良い音楽を作っているアーティストで「これは世に出して聴いてもらいたい」と思う作品をリリースしているだけさ。Robert Turmanに関してはたまたま友人に知り合いがいて、特にニュー・アルバムをリリースする予定は無かったけど、彼のアーカイブ音源を聴いたらとても良かったから、リイシューとして発売した。どのアーティストをリリースするかはすべて僕の独断と偏見で選ばせてもらっているよ（笑）。

あなたが最初に購入したシンセサイザーは？

Korg MS-10だね。僕が初めて体験したアンダーグラウンドなシンセ・ミュージックはHivemindで、今では彼は僕のレーベルSpectrum Spoolsからも作品をリリースしている。そのときは彼のマネがしたくて同じシンセサイザーが欲しいと思って買ったんだ。でも、あとから彼が使っていたのはMS-20であることがわかった。その頃はシンセサイザーについて全然詳しくなかったからね（笑）。ちょうど22歳の頃さ。

今のあなたは29歳ですから、約7年をかけてシンセ・マスターになったわけですね。

そういうこと。僕はBrian Enoの「シンセサイザーの使い方は5分で覚えられるけど“その使い方を超越した演奏”ができるようになるには5年かかる」っていう言葉が好きでね。確かにシンセサイザーの使い方はすぐに覚えられるけど、僕はそういったありきたりなスタイルの演奏には興味が無くて、より斬新なシンセサイザーの使い方やアプローチに魅力を感じている。ぶっ飛んだシンセの表現方法を習得するために、それなりの時間がかかったということさ。

どうやってシンセの使い方をマスターしたのですか？

まず何も仕事をしないで、ありったけのマリファナを吸いながら母親の家で一日8時間シンセで遊んでいた。それを4年間続けたよ（笑）。

あなたの作曲のワークフローについて教えてください。

まず最初にイメージやコンセプトを決めることから始めている。イメージを持ったり興味を持ったストーリーやイベントを音で表現していくんだ。制作をするときに使う機材はフィールド・レコーダーやMellotronなどかな。でも、それらの機材をコントロールしているのは自分の頭脳だから、どのツールを用いるかというのは僕にとってはあまり重要ではない。

そうした作曲スタイルはどうやって培ってきたのですか？

歳を重ねるにつれて自分が経験してきたことを、もっと音楽に落とし込みたいと思うようになったんだ。それからは強固なコンセプトを先に作ってから、音楽を作るスタイルへとシフトしていった。加えて、できるだけ典型的な曲の構成にとらわれない、直感的な音楽作りを重視しているのも、そういうスタイルになっていった理由の一つだと思うね。

制作の過程とそれにまつわる機材について教えてください。

基本的には自宅で曲を制作したら、それを別のスタジオで仕上げていくんだ。自宅での制作はモジュラー・シンセとMellotoron、Korg MS-10、Moog Voyager Old School、Modcan B Series SystemのQuad LFO 61Bあたりが主要な機材だ。レコーディングはAbleton Liveで行っている。自宅のリスニング環境は安物のヘッドフォンとモニター・スピーカーというひどいものだから、お金があったらこんなものは使いたくない。それで、自宅の作業で曲の大枠ができたらスタジオのアウトボードやミキサーで音を整えていくんだ。

アウトボードで気に入っている機材はスタジオにもよるが、Empirical Labs EL-8だね。あとはEQはToft Audio Designs ATBシリーズの80bコンソールのチャンネル・ストリップはミキシングでよく使っている。地元のクリーブランドにもATBのコンソールが入っているスタジオがあるみたいだけど、まだちゃんと使ったことがないんだ。

Ableton Liveを使っているのは意外でした。てっきりすべてアナログの機材だけを使って制作しているのかと。

でも、録音するときはまず2インチのテープに録ってから、コンソールでミキシングしているんだけどね。ただし、ハードウェアのエフェクターで気に入って使っているのはフェイザーだけで、あとのエフェクトはすべてAbleton Liveのプラグインで、さらにオートメーションを書いたりもしている。だから、いずれにせよアナログ領域での処理を終えたらデジタルに戻している。Liveは便利だし、自分のライブ・セットを組んだりする際にも移行しやすいからね。

あなたの楽曲にループ的な要素はあまり感じられませんが、録った素材を複雑にエディットしたりはしているのですか？

君が言うようないわゆるLiveらしいエディットの概念は僕には無いよ。Liveユーザーによく見られるループを主体に楽曲をコンポーズしたり、DJが曲を繋ぐような作曲スタイルと、僕はLiveの使い方は全く違うものだ。純然たるレコーディング・ソフトとして用いている。それに僕は１つのシンセの音を作るのに2週間くらいの時間をかけ、かなり神経質に音を作り込んでいる。モジュラー・シンセを使う場合はベストなサウンドを引き出せるようになるまで、1週間くらい電源を入れっぱなしにしてから調整しては演奏して、また放置してということを繰り返しながら完璧なサウンドにしていく。そうしたら最後まで一気にプレイしたものを5～6テイクくらいやって、気に入らなかったらそれまでのセットアップを白紙に戻して、一から作り直すんだ。

「僕にとって一番重要なのは、自分自身の
マインド・セットとアプローチの方法なんだ」

Labyrinth 2013で披露したImaginary Softwoodsのライブ・セットはカスタム・モジュラー・シンセを使用していましたが、その詳細を教えてください。

カスタムのモジュラー・シンセを使うようになったのは2010年の後半くらいだね。今回のLabyrinthのセットはデュアルの5Uラックの下部にマウントした青色のモデルが、カスタムのモジュラーだね。さすがに自分で製作まではしていないよ。これらはクリーブランドに住んでいる友人のモジュール・ビルダーBob Drakeと英国のOakley Modular Systemsのモジュラーを製作しているKrisp1のスタッフが作っていて、これらは50％くらいがハンドメイドによるものだ。青色のモデルはKrisp1が手掛けた初期型タイプで、あまり市場に出回っていない。それらに加えてModcan、Synthesis Technologyのハンドメイド・モジュールで構成されている。

今回のシステムはまず青色モジュールの２オシレーター、２エンヴェロープ、フィルター、LFOをそろえてからビルドアップしていった。ここまではいわゆる普通のソフト・シンセと同じだが、それらはラック内のさまざまなモジュラー・デバイスに接続していて、そのすべてを用いている。ちなみにModcanのモジュラーはシーケンサーにフィルター、あとはLFOだね。あと自宅で新しいアイディアを試したりレコーディングする時にはSergeのモジュラーも使っている。

シーケンサーのModcan Touch-Sequencer 72Bにはパネル部分に「Labyrinth ２」と書かれたプリセットが表示されていましたが、今回のライブセットでは72Bが心臓部となっていたのですね。

ああ、72Bを中心にさまざまなモジュールを組み込むことで、僕とっての１つの楽器として成り立たせている。今回のモジュール構成はすべてLabyrinthのライブ・パフォーマンスのためにゼロからセットアップして持ってきたもので、インプロヴィゼーションのやりやすさはもちろん、出したい音を自在に操れるように工夫している。今回のライブだと50％がインプロヴィゼーションだが、うまくサウンドを操るために夏の間すいぶんと練習を積んできたよ。1時間という尺の中で、自分のコンセプトをナチュラルなフローでちゃんと表現するためにね。

以前Outer SpaceのライブなどではMoog Voyagerとモジュラーを組み合わせていましたが、今回のライブはモジュラー・シンセだけで構成していましたよね？

Voyagerが壊れてしまったんだ（笑）。理由はそれだけさ。

あなたの音楽を形成する上で欠かせない機材は何ですか？

一番重要なのはOakley Modular Systemsのオシレーターで、これは僕の音楽には欠かせない。あとはSynthesis Technology MOTM-440（フィルター）、Modcan B SeriesのLFO、CVサンプラーだね。

モジュラー・シンセはライブ・パフォーマンスにも適していると思いますが、あなたはその点についてどんな意見を持っていますか。

僕にとってモジュラー・シンセは何よりも優れた楽器だと思っている。アプローチの方法に合わせて、パーソナルなレベルでセットを作ることができるからね。その意味でも「考え方を変える」力を持っているんだ。もしこれが既製品のシンセだったらオシレーター／フィルター／LFO……と構成が決まっているため、自在には操りにくいし、これはシンセ以外の楽器についても同じ事が言えると思う。だからと言ってモジュラー・シンセがライブ・パフォーマンスに向いているとは限らないな。クラフトワークのように凄く正確なプレイをする人もいれば、タージ・マハル旅行団の小杉武久のようにジャズっぽく使う人もいるからね。だから僕にとって一番重要なのは、自分自身のマインド・セットとアプローチの方法なんだ。

Interpretation by Yuri Yamaguchi

John Elliott Modular