Hudson MohawkeやMachinedrumらを輩出し、いまや2010年代の名門として成長したグラスゴーの音楽レーベルLuckyMe。前述したビッグ・ネームをはじめ、近年ではCashmere CatやDJ Paypalなど、今後の活躍が期待される若い才能のフックアップにも力を注いでいる。今回ページを割くブルックリン在住の音楽家、Samuel ObeyことObey Cityもその一端を担う急先鋒である。70年代にはRolling Stone誌などのコンサルタントも務めた父親のレコード・コレクションに触発され、幼いころからロックやソウル、ジャズなどを愛好した彼。そんな幼少期の影響は、ここ最近のObey Cityの音楽的変化に少なからず“気づき”を与えている。昨年８月にLuckyMeからリリースされたEP『Champagne Sounds』はその最新報告と言っていい。2011年の『Melted Magic』、翌年リリースの『My RVM』から聴いてとれる端正なメロディー・センスと歌心のあるボイス・コラージュはそのままに、より“歌”に軸足を寄せた当世的R&B作品である本作をきっかけに、Obey Cityの知名度は加速度的に広まっている。デスクトップのみでの制作方法からアナログ機材の使用やボーカリストを起用した制作への意識変化、SoundCloudやbandcamap上での楽曲発表を経由し、フィジカル・リリースへと形態を転換するなど、大文字の“インターネット”発の音楽スタイルをよりオーセンティックな姿勢で推し進める彼は、どのようにしてこの方向性を獲得するに至ったのだろうか。RAは先ごろ開催されたジャパン・ツアーも大成功に収めた彼を代官山UNITで行われた東京公演の翌日にキャッチ。190cmを超える体躯から連想させるイメージとは裏腹に、真摯かつ柔らかい物腰で我々の質問に答えてくれた。

昨晩は東京公演でのDJ、おつかれさまでした。まずはじめに、DTM（デスクトップ・ミュージック）をはじめる以前の音楽遍歴を教えてください。

小学生時代から学生オーケストラに参加してコントラバスを弾いたり、高校時代には友だちとバンドを組んでファンクやジャム・バンド系の音楽を演奏していた。そのころ、並行してDTMもはじめたんだ。

最初に手にしたDTM用のソフトウェアはなんだったか覚えてます？

最初は多くのみんながそうだったようにGarageBandやFL Studioを使っていた。ハードで最初に買ったのはM-AudioのTrigger FingerとNord Leadだね。MPCみたいなサンプラーを買う選択肢もあったけど、デスクトップ上で音楽を作るほうが慣れてたし、自分にとってシンプルだったんだよ。

制作機材の変遷で大きな変化はこれまでにありますか？

Abelton Liveの導入は大きかったんじゃないかな。これを導入してからは遊びの延長ではなく、真面目に音楽に取り組もうと思ったんだ。それに最近ではもっとライブ感が出るように生の楽器音も使うようにしている。DTMのみで完結した音楽に聴こえない工夫を取り入れてるって意味では変化かもね。

最初期はヒップホップ・トラックを作っていたと別のインタビューで読んだのですが、そこから現在の音楽性に至ったきっかけを教えてください。

当初はラッパーが声を乗せる前提でトラックを作っていたんだけど、それにも飽きたころ、ちょうどロサンゼルスのビート・シーンが注目されはじめていて。その影響で自分もインストゥルメンタルに寄った音楽を作っていこうと思ったんだ。そこから当時のUKのダンス・ミュージック…なかでもベース・ミュージックの影響を受けて現在のスタイルに変化していったという感じ。最近もすこしずつ変化はあって、これまでしてこなかったヴォーカリストとの制作をしたり、よりR&Bの方向性が強くなってきていると思う。

とはいえ、そのころのニューヨークでそういった音楽が聴けるパーティーはそこまで多くなかったんじゃないですか？

Machinedrumが主宰していた“CASSETTE”というパーティーくらいじゃないかな。ぼくが“CASSETTE”に行きはじめた４年前くらいはまだそこまで大きなパーティーではなかったね。FaltyDLやMike Slottらを早くから呼んでいたけど、大入り満員になるのは何度かしかなかった気がするな。

あなたは“CASSETTE”なり、自身のパーティーなり、ニューヨークでのベース・ミュージック隆盛の発火点を間近で見てきたと思うんですが、転機はいつごろだったと記憶してますか？

ブルックリンに越した直後に“Over Talk”というパーティーをやっていたんだけど、集客は悪かったな。そんな理由から、そのイベントは１年半くらい休止。再開したのがさっき話した“Astro Nautico”だったんだけど、初回から超満員で、BBCでラジオ・ショーをやっているBenji Bが遊びに来たりもした。ビックリしたよ。そのときにこのシーンの音楽がニューヨークでもやっと大きくなってきたって実感できたね。

やはり当時のトラップ人気が影響したんでしょうか。

どうだろう。時代の流れだったのか、たまたまプロモーションがうまくいった結果だったのか……。とはいえ、ぼく自身はそこまでトラップには興味がないんだ。あくまで流行の音楽スタイルってだけで、（そのスタイルが）有効だったのは去年くらいまでだったんじゃないかな。

なるほど。では、レーベルとしてのAstro Nauticoについても訊かせてください。このレーベルの理念や方針は？

レーベルに関してはジャンルにはこだわらず、クラブ対応の音楽とベッドルームやヘッドフォン対応の音楽のちょうど真ん中っていうか、そういった音源をたくさんリリースできればいいと思ってるよ。これまでは正直、Astro Nauticoをそこまでビジネスとして考えていなかったんだけど、最近ではそうもいかないなと。フォロワーも増えてきたし、フィジカルでのリリースも多くしていきたいからね。でもビジネスの方向に寄りすぎてしまってもだめだし、いま現在も方向性は模索している。

Astro Nauticoのほかのスタッフは前述した学生時代のバンド仲間だそうですね。

そうだね。一緒にやっている２人…Paul JonesとKuhnは学生時代からの友人だよ。

ビジネスの観点からリファレンスにしているレーベルやアーティストはいますか？

やっぱりLuckyMeにはずっと影響を受けてたかな。レーベルとしてのムーヴやビジネス的な面でもだよ。グラスゴーから着実に世界に向けて発展してきたレーベルだと思う。現在では、ほかの大きなレーベルよりうまいプロモーションができてるし、すごく尊敬している。

Astro Nauticoも初期はフリー・ダウンロードのリリースが中心でしたが、最近では有料での音源配信やヴァイナルをプレスするなど、すこしずつ方向転換していますね。ターニング・ポイントはありましたか。

レーベル設立当初は、レーベルというより音楽を提供するコミュニティだったんだと思う。そこからフォロワーが増えてきて、しっかり運営しなくちゃと思うようになってきた。最初の１年間ぐらいはフリー・ダウンロードの音源をプロモーションとしてリリースしたね。そこから次はフィジカル・リリースをしようという流れになったんだけど、もちろん資金なんてない。そこでぼくたちはKickstarterを経由してクラウド・ファウンディングで資金を調達しようと企画した。結果、多くのファンが協力してくれて8864ドルもの資金が集まったんだ。そこで調達したお金はすべて最初のヴァイナル（Chit『Custom Hype EP』）のプレスとプロモーションに注ぎ込んだよ。フィジカルでのリリースをきっかけにAstro Nauticoをサポートしてくれるファンも増えたと思う。そのおかげで、その後のフィジカル・リリースも続けられるようになったんだ。

###

クラウド・ファウンディングは日本のインディーな音楽家にとっても新しい選択肢になると思いますが、そのような人たちにセルフ・プロモーションについてアドバイスするとしたら？

現在のインターネット主流の世界では積極的にフリーのマテリアルを多く発表していかないとむずかしいと思う。自分の楽曲を大事にするあまり、フリー・ダウンロードを封じてプロモーションし、リリースした結果なにも得られなかった、ということもよくある話だから。リスクを取ってでも、ファンやフォロワーを増やしていく努力は大事だと思う。一方で、自分の音楽上の価値観やクオリティ・コントロールももちろん重要なんだよ。どうでもいい曲をフリーで配信しても意味はないからね。

では、あえてインターネットを使うことのデメリットや負の側面を挙げるとするなら。

インターネットのなかでは、クオリティの高いものとそうでないものがすべて同じカテゴリーの中に詰め込まれているよね。それだと本当に注目されるべきアーティストがそのまま埋もれていってしまう危険性もある。逆に言えば、SNSの使い方が上手なだけでそこまで特徴のないサウンドでも人気になったりもするわけだ。それでは音楽の価値がチープになってしまう。これは金銭的な、というニュアンスではなく、精神的な意味合いでね。注意していかなきゃいけないよ。

自分がネット・アーティストだという認識は？

そう見られるのはしょうがないことかな。とはいっても、いまの時代はみんなネット・アーティストだっていう言い方もできるけどね。

むしろそこから距離を取って、よりオーセンティックな音楽性に向かっていきたいという気持ちもありますか？過去のインタビューで“いつかR&Bのアルバムを制作したい”という発言もありましたが。

うん、正直に言うとそれはあるかもしれないな。だれもがおなじアカペラやドラムキットを使って流行に乗っていくっていうシーンは嫌いじゃないけど、そればっかりだと退屈になるよ。一種のゲームだよね。そういった“ツール”としての扱いを超えて…たとえば70年代～80年代のQuincy Jonesのように自分の音楽をいちから作り上げられるプロデューサーでありたいなと思ってる。

近作『Champagne Sounds』はこれまでの作品、たとえば『My RVM EP』と比較すると、ドラムの音色がより生っぽい質感で響いてると感じました。そうした変化も、あなたのなかで“R&B”というキーワードが出てきたことと関係があるのかなと。特に“Fallin’”は新たな方向性の楽曲だと思います。

そうだね。“Fallin’”はOlivier Daysoulが歌ってくれているし、昨晩のDJで最後にプレイした“W.B.H.”はAnthony Flammiaっていうアップカミングなシンガーを招いた楽曲で、どちらも現在のぼくのR&B指向を反映した曲になってる。後者はおそらく次のLuckyMeからのリリース作に収録できると思うよ。

"Fallin’”はすでにあなたの代表曲とも呼べる楽曲ですね。この楽曲の制作プロセスについて教えてもらえますか。

“Fallin’”はスロウなR&Bをやろうと思って作りはじめた曲なんだけど、Ciaraの“Promise”の影響も大きくて。ダブル・タムが出てきたり、後半では違うコードが乗っかってきたり…実際、これは間違って制作中に別のトラックを鳴らしたことによって生まれた偶然の産物なんだけどね。あと、ヴォーカルも最初にトラックに乗せていたのはフックをすこし変えて、切ったりピッチシフトしたTyreseのアカペラだったんだ。そのメロディーをOlivier Daysoulに歌ってもらって完成したんだよ。

最初がTyreseのアカペラだったというのは興味深いですね。そして偶然性もかなり作用したと。

偶然起こったことでも思い切ってやりきればなんとかなる、っていう好例だね。

最近では自分でも歌っているようですね。

そうなんだ。すでに何曲か自分のヴォーカルを使った曲があるよ。

理想のヴォーカリストはいますか？

うーん、むずかしいな…。オールタイム・フェイバリットを挙げるならMichael Jacksonだね。

自分の中で曲を作るときに課しているルールや禁じ手みたいなことはありますか？

あえてルールを挙げるなら、TR-808の音色はそんなに使わないようにしているってことかな。自分なりの特徴あるドラムを使ったほうがいいんじゃないかと思ってる。ただ、曲のストラクチャーに関しては制約がないほうがいいと思うし、好きなようにやればいいんじゃないかな。あとはジャズやソウルの雰囲気も持ち込みたいな。そして最終的にObey Cityとしてのアーティスト・イメージも加味しながらトリートメントする。Obey Cityという名義では、より音楽的なことにフォーカスを当てたいんだ。

DJに関しての矜持は？

今回のツアーでは、自分のDJのテクニックを見せつけるような方向性じゃなく、自分の音楽スタイルが透けるようなプレイを心掛けたね。余計なトランジションやビート・マッチングはせずに、楽曲をイントロからアウトロまでしっかり聴いてもらうっていうね。

では、ミュージシャンとして抱えているコンプレックスがあるとするなら？

自分が伝えたい音を直感的に出せない、ということ。これはぼくにもっと楽器演奏の能力があれば解決する問題なんだけどね。ベースは弾いていたけど最近は全然やっていないし、キーボードだってSeihoみたいにうまくプレイできない。自分は非凡ではないから、何時間も我慢して作っていくしかないんだよ。

もちろん楽曲によるとは思いますが、音楽家として曲作りには時間がかかるタイプなんでしょうか。

１日で完成する曲もあるし、何ヶ月もかかってしまう曲もあるね。『Champagne Sounds』に関しては比較的ゆっくり作ったよ。時間をかけて作ったんだけど、締め切りがLuckyMeのリリース・スケジュールのせいで何度も延びたから、そのたびにミックスとかをやり直したりした。

今回のジャパン・ツアーではSeihoとのスプリットEP『Shochu Sounds』を先行販売していましたが、この作品を制作する経緯を教えてください。

そもそもSeihoとのスプリットはLuckyMeからリリースするってプランがあったみたいなんだけど、Cashmere Catのリリース時期とかぶってしまったためにPerfect Touchからのリリースになったんだ。このEPはAlpha Pupが流通して海外でもリリースすることが決まってる。ぼくの楽曲が２曲収録されてるんだけど、どちらの曲もLuckyMeからのリリースを考えずに録り貯めていた音源だね。Seihoの楽曲も、これまでの彼の音楽的イメージからさらに前進していて気に入ってるよ。タイトルの『Shochu Sounds』は、『Champagne Sounds』と、これからLuckyMeからリリースされる予定の『Merlot Sounds』が２作ともお酒にまつわるタイトルだったから、その日本版ということで“Shochu”にしたんだ。

“Champagne”から“Merlot”ときて、“Shochu”というわけですね。

次は“Moet & Chandon Sounds”にしようかな。

ハハハハ。お酒は好きなんですか？あなたの音楽はお酒の酩酊感とはすこし距離があるようにも思っていたので意外です。

好きだけど、飲むときは上品に飲もうと心掛けてるよ。たしかにぼくの音楽はお酒でフリーク・アウトしてるときのBGMには向かないかもしれないね。たまにはフィスト・パンプするような音楽を作りたい気分になるけどね。