今朝のHyperdubオフィスは忙しそうだ。レーベル・マネージャーのMarcus Scottが居るのはもちろん、机の向こう側では海外ディストリビューションを担当しているBill Dolanがジョークを飛ばしており、部屋の反対側には、最近ウェブ担当として入ったAlice Moxom、別名DJ Moxieが仕事をしている。Scottいわく、Kris Jonesというパブリッシングや権利を扱うスタッフがもう1人居るが、今日は出勤していないとのこと。そしてもう1人、この場に居ない人物がいる。プロデューサー、DJ、ライター、そしてHyperdubの創設者、Kode9ことSteve Goodmanが遅刻している。

コーヒーをカップに注ぎながら、Scottは“丸太”に行って話をしよう、と提案した。彼が言っていたのは、入り口の横にある古ぼけたベンチのことであった。ロンドンのペッカムの工業団地にあるHyperdubのオフィスの前で、私たちはベンチに座り、団地の他の建物の大きな鉄の扉を出入りする隣人たちを眺めた。

この仕事環境になったのは、最近のことだと言う。ほんの数年前まで、Scottは自宅でレーベルの運営を行っていた。スタッフを雇うようになったのはここ1年ほどでのことだ。今年、Hyperdubは10周年を迎えている事を考えると、もっと早くこの体制になっても良かったのではと私は感じた。裏方で暗躍することが性に合うとばかりに、静かで思慮深い喋り方をするScottは、私の考えには同意しなかった。「時間をかけて、学びながら発展していくことの方が、急激に成長するよりも良いと思うんだ」と、彼は言う。「なぜなら、そのほうがしっかりとした基盤を築くことができる。確かに以前、もっと早く出来たらいいのにとイライラした事もあったが、今そういった事が実現していて、このタイミングで良かったと思うことが多いんだ」

ScottはHyperdub以前にもいくつかのレーベルで勤務した経歴を持っており、この規模のレーベルの運営はお手の物だ。コーンウォールで育った彼は、学校でRephlexのGrant Wilson-Claridgと出会い(「彼がブレザーにPrinceとPublic Enemyのバッヂをつけているのを見て、友達になりたいと思った」)、その繋がりでRephlexで働くようになった。2004年に同レーベルからリリースされた、生まれたてのダブステップ・シーンを紹介する『Grime』という(語弊のある)タイトルのコンピレーションにGoodmanが参加しており、その件を通して2人は出会った。

その後、ScottはWarpへと転職した(そして、GoodmanをFlying Lotusに紹介した)が、彼はレーベルの特色と自分の好みが合致していないと感じた。「私はさほどIDMのファンではないから、こういったレーベルで私は異質だったと思うんだ」と、彼は言う。そう考えると、頑固なまでに異質極まりないGoodmanのレーベルに、彼が興味を持ったのもさほど驚くことではないかもしれない。「Warpを辞めようと思ったとき、Steveにレーベルの運営を手伝おうかと提案したんだ。彼が1人でやっていたのを知っていたからだ。弁護士を手配したり、契約書を管理したり、必要な団体と契約したり。レーベル運営をよりスムーズにするような業務をこなした。そこから、発展していったんだ」

Hyperdub

ようやく到着したGoodmanは、Scottが現在までにどれだけレーベルに貢献してきたかを熱く語った。数週間かけて制作していたという、Spaceapeとの新EPを仕上げたばかりの彼は、機嫌が良さそうだ。オフィスの外の年季の入ったソファに座り、たまに響くドリルの音が止むのを待ちながら、私は彼にインタビューを行った。「ある意味、Marcusはずっと始めから関わっていたんだ。良い音楽を伝えてくれる存在だった」と、Goodmanは言う。「彼がレーベルに参加し、それまで私1人でやっていた運営業務の多くを彼に任せることができた。現在、彼は各アーティストのPRを担当している。どのアーティストもちゃんとメディアで正しい形で紹介されて、より多くの人に知ってもらいたいと思っている。彼はそれを実現するのが得意だ。それと、レーベルのマネージメントを彼に任せている」

例外は、Burialであった。Goodman本人以外で、最初にHyperdubに契約したアーティストであるBurialは、さほどPR活動を必要としなかった。にもかかわらず、彼は同レーベルの最も人気のアーティストだ。ScottがHyperdubで働き始めた2007年は、ちょうどBurialがセカンド・アルバム『Untrue』をリリースし、その後Mercury Prizeにノミネートされるなど、当時まだ正体が明かされていなかったこのアーティストへの注目が最高峰へと達していた時期だった。メディアからの注目は問題なかったが、唯一Scottを悩ませたのは、The Sun紙が異常なまでにこの覆面プロデューサーの素顔を晒すことに固執していたことだ。

「彼の音楽についてだとか、リリースを取り巻く文化を知ろうという姿勢はなかった」と、Scottは言う。「ただ単に彼のプライバシーを侵害しようとしていただけだ」。そういったアプローチはどう対処すべきか？「彼らに偽りの情報を投げつけて、煙に巻いたんだ。間違った方向へわざと導いたりした。なかなか楽しかったよ」と彼は答え、笑った。その戦略は上手く行き、The Sun紙はBurialの正体をFatboy Slimだと推理したほどであった。

「向こうの方で何やら騒いでるな、って気分だった」と、Goodmanは遠い所をジェスチャーしながら、話した。「ガラスの向こう側、って感じさ。発狂するぐらい必死な人々が慌ててるのがガラス越しに見えるんだが、音は聞こえない、みたいな。不思議な気分だったよ。まるで私とまったく関係の無い世界の話みたいだった。原因を引き起こしたのはこっちだが、“私のせいじゃない”って気分だった」と、無罪を主張するジェスチャーをしながら言った。

HyperdubにBurialのイメージのみ定着してしまうことを懸念したかという質問に対しては、彼はこう答えた。「小規模のレーベルを脱却しようとしているレーベルには、Burialみたいなアーティストが必要だ。Ninja Tune、Warpなどの中規模のインディペンデント・レーベルはこういったブレイクスルー・アーティストの売上で成り立っている。私たちにとって、それがBurialだった。彼のブレイクのおかげで、あまり売上を気にせずA&R活動をすることができ、レーベル運営のストレスが軽減されたんだ。Burialのファンの数はレーベルの他のアーティストを圧倒的に上回っているが、それは悪いことじゃないと思うんだ。その内の何パーセントかの人々を他のアーティストへと誘導していくことができたら、それでいい」

現在、Hyperdubはイギリスのエレクトロニック・ミュージック界屈指のレーベルだが、このような発展を遂げることになるとは、設立当初誰も予測することができなかっただろう。始まりは、れっきとしたビジネスプランがあった訳でも、何かしら美学を掲げていたのでもなく、ただのコンセプトであった。90年代半ばごろ、Warwick大学で哲学を学ぶ、ジャングル好きの大学生であったGoodmanは、ライター／理論家のKodwo Eshunの講義を聞いた。Eshunの説いた鮮やかな「ソニック・フィクション」という概念に感銘を受け、Goodmanは、興味の対象であった2つの事柄が思っていた以上に関連性を持っていることに気づいた。「彼がジャングルといった音楽を、彼なりの理論で説いているのを聞いたんだ」と、Goodmanが言う。「そんな風に異なる側面を照らし合わせている人を始めて見たんだ。それまで見たことがなかった、新しい音楽の文章表現の仕方を知ったんだ」

この経験に感化されたGoodmanは、「パワフルな概念の保管庫」として機能することを目的に、ウェブマガジンHyperdubを2000年にスタートした。当時の記事のアーカイブは、2000年代前半のダンスミュージックに関する貴重な資料の宝庫だ。Goodmanが言うには、「ジャマイカの音楽がいかにロンドンのエレクトロニック・ミュージックに影響を与えていたのかという点に特にフォーカスしていた」らしい。Goodman以外には、Simon Reynoldsなどの音楽評論家、 Mark Fisherなどの学者や同志たちが執筆を行っていた。

これらの記事には、熱心なブロガーの熱意、自由な発想の文化論、シーンの献身的なルポルタージュが綴られている。Hyperdubという名前に関しては、"hypersoul"、"yardcore"といったいくつかの造語案のうちの１つであり、他には“ウイルス”、“感染”といった単語も多く挙がっていた（彼の音楽ウイルス学説は2009年に出版した著書、『Sonic Warfare』にて詳しく書かれている）。 Hyperdubというフレーズを選んだ理由に関して、Goodmanは「倍速／半速のテンポが特徴的な音楽を主に取り上げることになると考えていて、このワードはそれを効果的に表していると思ったんだ」と説明した。

初期の記事はUKガラージがよりダークでミニマルなサウンドへと変化していく流れを捉えており、Hyperdubはダブステップの黎明期を記録する重要なウェブマガジンとして機能した。「Hyperdubのサイトを開設したのと同じ頃、Ammunitionがdubplate.netを始めたんだ」と、Goodmanは言う。「Neil（Joliffe、Tempa創立者）とSarah（Lockhart、Rinse FMマネージャー）とは元々仲が良かった。私は彼らと協力して、この新しいサウンドを広めていた。そのうち彼らのもとで働くことになり、dubplate.netの運営を手伝ったんだ。グライムや初期ダブステップのダブプレート盤が届いて、それをコメント付きでサイトにアップするんだ。それに加えて、Hyperdubでは濃い内容の特集記事を掲載していた。UK国内ではそれほど話題にならなかったが、この2つのサイトはダブステップを海外へと広める上でとても役に立ったのは間違いない」

そのうちGoodmanは、Werk DiscsのGavin WealeとDarren Cunninghamと共にブリクストンのBug BarにてHyperdubのイベントを主宰するようになった。ICAで開催されたビッグなHyperdubイベントでは、ウォーウィック拠点のCybernetic Cultures Research Unit所属の仲間の出演や、CunninghamによるActress名義でのライブなどが行われた。そして、GoodmanはFACTやXLR8Rといった紙媒体（当時はどちらも雑誌であった）でも執筆を行うようになったが、音楽ライターとしての仕事は自分に向いていないと思い始めた。「お気に入りのプロデューサー達と話がしたかっただけなんだ」と、彼は言う。「しかし1、2年やって、だんだん意気消沈していた。憧れのプロデューサーは自分の頭の中で神格化してしまうが、実際に会って、ただの普通の人間だと解ると…次第に音楽ライターとしてのやる気がなくなっていったんだ」

生Hyperdubとして生まれ変わったきっかけは、Goodmanがある人物をインタビューした時だ。「Kevin Martinはライナーノーツだとか色々な記事で、“マクロなダブの伝染”に関して良く書いていた。彼は私のように、ダブという手法がレゲエやダブ・ミュージック以外の音楽へと伝染していたことにとても興味を持っていたんだ」。The Bugといった名義や、最近ではKing Midas Soundのメンバーとして知られるMartinを、XLR8Rの仕事でインタビューした際、Goodmanは自身のトラックを彼に渡した。MartinはGoodmanの音楽に感心し、Goodmanを当時ロンドン拠点のディストリビューター、Cargoでレーベル・マネージャーを務めていたBill Dolanに紹介した。その時渡したトラックが、後にHyperdubのファーストシングルとしてリリースされた。

Princeの" Sign O' The Times"をサブベース・ヘヴィに再解釈した"Sine Of The Dub"は、予想だにしていなかった所でヒットになった。「あの曲はダブステップのシーンで生まれたものだったが、そういったクラブでプレイするような曲ではなかった」と、Goodmanは言う。「だが、Hardwaxで働いてる人達の間で人気になった。そこから、Mark Ernestusなどといった人と出会うことができた。その世界で以外と好感触だったんだ」。このレコードのアウトサイダー的なステータスは良い効果をもたらした。「私が今までリリースした中で一番良い反応があったんじゃないかな」と、彼は言う。「長いこと注目を受けていたし、飽きられなかった。一風変わったリリースだったからだと思うね」

そのファーストシングルのヒットで、Goodman は何かを掴んだのだろう。Hyperdubの今後のリリース作（Fatima al Qadiriのコンセプチュアルなグライム作品、UKファンキーのイノベーターCooly Gによるレフトフィールド・ポップ・レコード、そして悪賢い扇動者Hype Williamsのニューアルバムなど）を見ると、彼は今でもエキセントリックでアウトサイダーなアーティストに惹かれていることが解る。「うちで契約しているアーティストの多くが、異端者だったり、所属するホームを持っていなかったりする」と、彼は語る。「私はジャンルというものに嫌気がさすようになったんだ。ジャンルの流行り廃りの周期に。長いことやっていて思うのは、シーンの端に居るような変わり者たちがやっていることは、大抵ジャンルの流行り廃りに影響されないんだ」

2008年にデビューしたIkonikaことSara Abdel-Hamidも、そういった変わり者の1人であった。「“なんでHyperdubが？”って疑問を抱いてしまったわ」と、彼女はレーベルからのリリースが決まった時のことを振り返る。「私の音楽は当時変すぎると思っていた。ある意味、今でもそう思うわ。でもKode9は普通じゃない人、変わり種に興味があるみたい。“変わっていても大丈夫なんだ”っていう気になれて、ありがたかった」

Abdel-Hamidは今ではHyperdubの中核をなす重要人物の1人だ。彼女がレーベルに加入したときは、Hyperdubにとって転換期であった。Burialのブレイクと、ダブステップの浸透でGoodmanやその他の所属アーティストのファンは増える一方であったが、同時に、Goodmanはシーンの方向性に疑問を抱いていた。2006年頃の時点ですでに、彼はこう感じていたという。「ダブステップのイベントが度を超えていた。威圧的なベースばかりで、他の音を完全に食っていたため、クラブで聴く音は全体的にグレーというか、モノクロな印象を受けた。ベースに比重を置くことを辞める気は無かったが、もう少し色が必要だと気づいたんだ」

最初にこの“色”が現れたのは自身の作品であった。特に、Massive Musicの"Find My Way"の、ゲームの効果音を巧妙にサンプリングした彼のリミックスが良い例だ。その後その傾向を踏襲した契約も行われた。「私は、自分で何かをリリースしたあと、その流れを汲んだ他のアーティストの契約をすることを良くするんだ」と、Goodmanは語る。「例えるなら、水に石を投げ入れて、深さはどのくらいか、どのような波紋を生むかを確認した後に、レンガを投げ込むような感じだ」と、彼は笑った。「そして、もう１つレンガを投げ入れる、みたいなね」

Ikonikaの2008年のデビューシングル「Please」は、まさにそのレンガの1つであった。Abdel-Hamidはダブステップの熱狂的な信者だ。9時には長蛇の列が出来上がっていたDMZに通っていたことを懐かしそうに彼女は語る。しかし彼女の音楽の大げさな電子メロディーは、当時のダブステップの主流であったムーディーなミニマリズムや中音域のアグレッシヴさといったものに反していた。そしてこのサウンドの傾向は、彼女だけでなかった。ブリストルの“purple wow” サウンド、Zombyの粘着質な楽曲、Darkstarのシンセティックなバラードなど、新しいムーヴメントが起こっていた。

「彼らの音楽もプレイしていたわ」と、Abdel-Hamidは言う。「お互いの音楽性に共感するものがあった。Kode9はそれに早いうちに気づいて、こういったものをリリースし始めた。この時期の彼のセットはとてもカラフルだったわ。レイヴ感があった」

この時点まで、Hyperdubは完全にローカルな視点で運営されていたレーベルであったが、そのうちGoodmanはロンドン以外の地に同じ志を持ったアーティストを発掘するようになった。Kode9の"9 Samurai"を派手な8ビット調にリミックスしてデビューした日本人プロデューサー、Quarta 330が、その内の1人だ。更に、GoodmanはLAのビートシーンとも繋がり、Samiyamによる「Return」をリリースした上、彼とFlying Lotusは2009年の『Five Years Of Hyperdub』のコンピレーションに楽曲を提供した。

鮮烈なシンセ音、クォンタイズされていないビート、大胆なメロディーといった特徴が挙げられるこの動きを、ジャーナリストたちは“ウォンキー”という言葉でまとめ上げた。だがGoodmanはこのワードを受け入れたことは無かった。彼もScottも、“ネオン”という呼び方を好むらしい。Hyperdub は、このサウンドのウォンキーさ（不安定さ）よりも、漂う哀愁にフォーカスしていたからだ。GoodmanはDarkstarの"Aidy's Girl Is A Computer"のことを、「電気回路が泣いているように聞こえる」と表現しており、Ikonikaはあるインタビューで、『Hyperdub 5』のインレイにある「悲しい曲のカモフラージュ」というフレーズと自身の音楽的アプローチを重ね合わせていた。これは何もこの時代特有のものではない。最近アルバムをリリースしたアーティストJessy LanzaについてScottは、「彼女の音楽は控えめな上品さがあるんだ。シャイな音楽、と言える。官能的でさえあるんだ。それはHyperdub作品に良く見受ける特徴だ」と語っていた。

Mad Hatter

Hyperdubはなぜこんなにも悲しげな音楽をリリースするのか？「精神分析を受けているみたいだな！」と、Goodmanは笑った。「確かに、私はたくさん悲しい音楽をリリースしてきた。惨めな奴さ」。下の階からチェーンソーの音が聞こえて来る間、彼は答えを探した。「ダブステップにはメランコリックな音楽が多いが、ダークで冷たいものばかりではない。うつむき気味の音楽なんだ。その感情が好きなんだ。私たちがリリースしてきたメランコリックな作品は、窓の外に雨水が当たって、外の景色がぼやけているような、そんな感情の滲みがあるんだ」

「もちろん、Burialの音楽がもっとも哀しげだね」と、彼は続ける。「海外のギグから疲れて帰って来ている時なんか、Burialの音楽が心に沁みるんだ。私にとっては、あれは夜のバスの音楽じゃないね、早朝の空港に合う音楽だ。Burialの音楽を“レイヴ時代へのノスタルジア”みたいな風に表現している記事を色々みかけたけど、私はまったく共感できなかった。これはむしろ、疲労困憊しているようなとき、あるいは心が傷を負ったような時に聴くと包みこまれて癒されるような、羽毛布団みたいな音楽だ」

この包み込むようなサウンドは、Hyperdub作品の中でもアブストラクト寄りな楽曲に最も見受けられる表現であり、King Midas Soundの疾風のダブ、Darkstarのシンセ・ポップ作『North』、Hype Williamsの『Black Is Beautiful』などが挙げられる。Goodmanに言わせると、この「奇妙なリスニング・ミュージック」はHyperdubの活動における5つの“波”の1つだ。それ以外では、“ネオン”の波があり、初期のサウンドがあり、2009年ごろに見受けられたUKファンキーにインスパイアされた楽曲群（Goodman自身の"Black Sun"や、Cooly G、Ill Bluらの楽曲など）があり、最近のDJ Rashadの加入によるフットワークへの歩み寄りなどがある。

しかしこういったカテゴリーを持ってしても、近年のHyperdubの多様性を全て表すことはできない。グライム・ベテランのTerror Danjahと、USのアヴャンギャルド・アーティスト、Laurel Haloほど異なるアーティストが同じ屋根の下に居る、と言えるレーベルは中々無い。「中には、どんな物が今後リリースされるのかある程度予想がついてしまうレーベルもある。そういうのは面白くないんだ」と、Scratcha DVAことLeon Smartが言う。「俺は色々なものが好きだ。俺のことをグライムの人とか、ファンキーの人とか、Hyperdubの人としか考えてない人もいるだろうが、俺のラジオ番組を聴いてくれれば、色々なものをかけているのが解るだろう。常に様々なものをかけてるし、Kode9とMarcusもまったく同じさ。彼らはありとあらゆるものから影響を受けている。だからこそ、良いんだ」

2000年代初期からロンドンのアンダーグラウンド・シーンに身を置いていたScratchaにとって、Hyperdubは理想的なレーベルだ。元々グライムのシーンで少し名前が売れた存在であったSmartは、HyperdubのUKファンキー期に同レーベルの一員となった。当時、彼はまだ2008年のファンキー・アンセム、"I'm Leaving"のヒットの勢いに乗っていた。言わずもがな、Kode9の興味を引いたのは、もっと変化球な楽曲だった。「"Just Vybe"がまだ制作途中だった頃」と、Smartが語る。「Mac G5が壊れたんだ。だから、ビートを組んだだけの状態だった」。Goodmanは、Cooly Gがこの枠組みだけの躍動的なビートをかけているのを耳にし、リリースしたいとコンタクトをとった。これが後に"Natty"としてリリースされたトラックであった。「彼に言ったんだ。“これはソウルフルな曲に仕上げようとしていて、まだ途中なんだ”って。だが彼は、“いやいや、このままリリースしたい”と言っていた」

Smartの話を聞くと、 Goodmanは非常に風変わりなA&Rであることが見えて来る。"Natty"の骨組みにコードやFatimaのヴォーカルなどを乗せ、"Just Vybe"として最終的に仕上げた彼は、Goodmanの偏屈な所を目の当たりにした。「彼は曲を聞くなり、“駄目だこれは”って反応だった」と、彼は笑う。「それは冬のことだ。夏になるころには、やっと彼は解ってくれた」。そして晴れてHyperdubからリリースされた"Just Vybe"は、2010年を象徴するダンスフロア・アンセムの1つと化した。

しかしながら、大抵Goodmanがアーティストから求めていることは、単純明快である。「普通なものを作ろうとすると、彼は嫌がるの」と、セカンド・アルバムの制作時のことをAbdel-Hamidが振り返る。「普通が嫌いみたい。『Aerotropolis』は結構聞き慣れたサウンドではあったから、色々と言われたわ。でも最終的には、この作品を私は出す必要があったと解ってくれた。ダブステップ以降の私、というか。彼はその隙間を与えてくれた」

Rashad追悼

Hyperdubのキーパーソンの1人であり、同レーベルの進化におけるフットワーク期をインスパイアした存在、DJ Rashadが先日惜しくも他界した。フットワーク界における最もクリエイティブで認知度の高いアーティストであったRashadへの気持ちを、Steve Goodmanはこう綴った。

「Rashadの音楽をHyperdubからリリースできて、とても光栄に思っている。彼とは3年ほど前に知り合ったばかりであったが、とても仲良くなり、私は彼の音楽に影響を受けてきた。彼ほど人を笑わせるのが上手く、ポジティブな人とは出会ったことが無い。彼は本当の意味でイノベーターであった。レーベルの皆が彼の死をとても嘆き悲しんでおり、私たちは彼の家族や友人、Teklifeクルーのメンバー、そして彼という存在や音楽に触れ、影響を受けた人々全員に、心から哀悼の意を表している。彼と東京のカラオケでデュエットをしたことは、一生忘れない」

Goodmanは自身のアプローチを、皮肉たっぷりに、こう説明する。「A&R道における“禅”の精神さ。日々生きていく中で、なぜこの音楽が好きで、なぜ好きじゃないのかということを見分けなくてはいけなくて、そのことに考える時間、無意識な時間を費やさなくてはいけない。その優柔不断のプロセスになんとか静穏を見出したいんだ」。レーベルの売上は受け取らず、DJ活動のみで生活しているGoodmanにとって、A&R活動は純粋に好きだからやっていることだが、プロデューサーとしての彼のキャリアには悪影響を及ぼす。「A&R的なマインドは、プロデュースする上で邪魔でしかないんだ。なにしろ、私は他の人の音楽に関してとても厳しい。だから自分の音楽には更に厳しくなるんだ。そのせいで制作が進まない時もある」

Goodmanは、アーティストに色々なことに挑戦をする自由を与えることが重要だと考える。そしてこれは、レーベルがここ5年ほどで特に多様になってきた理由とも言えるかもしれない。「確かに纏まりは無くなって来ているね」と、Goodmanは認める。「アーティストがより自立してきているからだ」。アーティストの名前が売れていればいるほど、「今まで彼らがやっていたことを覆すようなことをやって欲しい。そうやってどんどんレーベルが分岐していくんだ」

GoodmanはScottと共に、レーベルの10周年を記念したコンピレーションを制作していて、この現実を目の当たりにしたという。「こんなに多様なレーベルにするつもりは無かった。むしろ多様なレーベルになって欲しく無かった。しかしレーベルの中に幾つもレーベルがあることに気づいた。だから、どんなタイプのスタイルがあるのかを明確にして、分類しようとしたんだ。折衷主義の中に、純粋主義を見出すといった所だ」。コンピレーションの第１弾は、「ダンスフロア」にフォーカスしたものとなり、Mala、Scratcha、Kuedo、そしてDJ Rashad率いるTeklifeクルーのメンバーの楽曲などが収録される。Goodmanは同作について「ダークでアグレッシヴなエネルギー」に溢れた曲が揃っていると説明した。同コンピレーションは、16曲の新曲入りのディスクと、過去作品を集めたディスクの2枚組となる。その後も3枚のコンピレーションが続くことが予定されており、幅広いサウンドをカバーすることになりそうだ。

面白いことに、レーベルとしてはどんどんと多様化が進んでいく中、団結力は変わらずに強い。Rinse FMのGrimey Breakfast Showを6年間やっていたSmartは、現在月一のHyperdubの番組を担当しており、番組内ではHyperdubの楽曲と、自身の多彩なテイストを提示した楽曲の両方を選曲している。「自分の趣味の曲だけをかけるより、こっちの方がいいんだ」と、彼は言う。「仲間だからだ」

一方、Abdel-Hamidはレーベル・ショーケースがいつも楽しみだと語る。「最近、Kode9と良く共演していて。皆と一緒になるのはとても楽しいわ。最近でいうとOutlook festivalの時が最高だった。ボートパーティーをやって、3日間ずっと一緒だったわ。いつもお互いをからかい合って、一緒に酔っぱらって、凄く楽しい。もしメンバー間の関係がもっとドライなレーベルにいたら、発狂していたと思う」

Goodmanも同調する。「アーティスト同士はかけ離れていても、一緒にイベントをやると驚くぐらい統一感があるんだ」と、彼は言う。「数年前と、今年、計２回ジャパンツアーをやったんだ。どちらの時も、そういった意味で素晴らしかった。最初の時はまずHype Williamsが奇妙なドローン・セットをやって、その後King Midas Sound、私、そしてScratchaの順だった。今年はLaurel Halo、そしてIkonika、私、 Rashadだった。様々なサウンドを一晩で味わうことができるのはもちろんだが、同時に、イベントを通してどんどんと激しさが増す流れになっていた。すると、多様でもなんでもないと気づいた。ある意味、イベントの激しさの展開を指すバロメーターみたいなものだ。緊張感があるが、とても生産的な緊張感なんだ」

Hyperdub label of the month mix

Scratcha DVA による、Hyperdubの凄まじく幅広い音楽性を凝縮した30分ミックス。

Download: Hyperdub mix

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Filesize: 78.9 MB
Length: 32:53

Tracklist /
Hype Williams Intro
Kode9 - Black Sun (Edited Mix)
Kyle Hall - Kaychunk
2000F & J Kamata - You Dont Know What Love Is
Laurel Halo - Noyfb
Kode9 - Xingfu Lu (Helix Remix)
Pressure ft Warrior Queen - Money Honey
Ikonika - Millie
Joker - Digidesign
Mala - Expected (Level 10)
Massive Music - Find My Way (Kode9 Remix)
Cooly G - Love Dub
Burial - Nite Train
King Midas Sound - Earth A Kill Ya (Instrumental)
DVA - Mad Hater
Darkstar - Need You
Fatima Al Qadiri - Shanghai Freeway
Walton - City Of God
DJ Rashad ft Spinn & Taso - Feelin
Terror Danjah ft Bruza, D Double E, Hitman Hyper, MC Fun, MC Melo-D, The Ragga Twins, Shabba D, Skibadee & Triple Threat - Creepy Crawler (Jungle Mix)