現在は仙台を拠点に活動するgrooveman Spotは、もともとダンサーとしての活動を経て、16歳の頃にDJを開始。当時はFunkmaster Flexのヒップホップとダンスクラシックを織り交ぜるスタイルに憧れたという。彼が青春時代を送った90年代初頭、TwigyやMuroらが在籍したグループ、Microphone Pagerに衝撃を受けてサンプラーを購入し、プロデューサーとしてのキャリアを歩んでいった。彼と盟友のU-ZIPPLAINからなる1MC・1DJユニット、ENBULLのDJ／ビート・メイカーとして2000年にデビューを果たすと同時に、プロデュース・ワークも数多く手掛けるようになる。レーベルは、同郷のMitsu the beatsやGagleらと共に、現在は東京を拠点に良質なヒップホップ・サウンドを世界へと配信するJazzy Sportに在籍している。

彼はこれまでに多くのソロ・アルバムもリリースしている。例えば2010年リリースの『Change Situation』などは、ゲストラッパーやシンガーを迎え入れ、90'sクラシックらしい太めのビートやジャジィなネタ使いを巧みに扱った、良質なヒップホップ・アルバムだ。だが、彼の個性が際立ってきたのは2012年にリリースした「Paradox EP」が転機だと言える。本作において展開したヒップホップはもちろん、ハウス、アシッド、トライバルといった要素が一体となったワン＆オンリーなサウンドが話題となり、ジャンルの垣根を越えて注目されるようになったのだ。2013年にはよりテクノ色を強めたアルバム『Began To Notice』を発表。そして今年の8月にリリースされた最新作『Supernatural』は、前2作の経験を踏まえて制作された、原点回帰とも呼べる傑作に仕上がっている。ここでは「Paradox EP」以降、彼が培ってきたミニマルで重心の低いビート、呪術的なパーカッションやシンセといった独自のサウンドが、どのようにして作られているのかにフォーカスを当てた。その背景となる音楽的なバックグランド、さらにはヒップホップのビート・メイク方法から生まれた独自のテクノ・トラックの制作などをもとに、Jazzy Sportきっての鬼才の全容に迫ってみたい。

ヒップホップはもちろん、テクノからトライバルなビートまで、多彩な音楽を作られていますが、もともと“ビートを作りたい”という衝動に駆られたきっかけになったアーティストはいますか？

一番最初にビートを作るようになった頃、影響を受けたのはDJ Premierですね。彼が作ったワン・ループのサンプルにドラムというミニマルな構造、かつ中毒性が高い世界観に惹き込まれました。もちろん昔からループ・ミュージックというものはありましたが、当時の彼がやったことは、それをよりそぎ落していったことだと思うんですよ。Premierの影響もあり、ループの音楽にどれだけグルーヴを注入できるかということに興味を持つようになりました。僕の中ではミニマル・テクノを聴いても“ループ感”が共通するんですよ。Premierのループ感と、単音でグイグイくるテクノのベース・ラインはすごく似ている……そういうものに心を打たれるんですよね。だから、僕の感覚としては昔も今も変わっていないと思います。

2012年の『PARADOX』以降のような、テクノやハウスをフィーチャーしたサウンドを指向するようになったきっかけは何だったのですか？

東日本大震災をきっかけに仙台に戻って活動するようになったんですが、今まであまり付き合いのなかった地元のDJたちと出会ったんです。僕がよく行く仙台のクラブにADDって場所があるんですが、そこでDJ MasahiroくんっていうディープでミニマルなテクノをかけるDJがいて、彼のプレイにやられてしまったんです。それまでもハウスやデトロイト・テクノのレコードを買ったりはしてましたが、どっぷりとはまったのは仙台に帰ってからです。そうこうするうちにテクノのサウンド・マナーを知るようになって、自分らしさを出しつつもこういった音楽を作りたいなと思うようになりました。

ちなみにテクノのアーティストで好きなのは誰ですか？

例えば買っているテクノのレコードなどは音の質感で選んでいるので、アーティスト単位でこれっていうのは少ないんです。その中でもLevon Vincentのグルーヴはけっこう好きです。あとはテクノじゃないんですが、ハウスだとDJ Quが好きです。彼はもともとダンサーだったようで、ハイハットの感じとかリズムが面白いんですよね。

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ストレートにリズム・マシンをフィーチャーした直球のテクノよりも、黒めのグルーヴがある４つ打ちのが好きだったりしますか？

雰囲気が自分にハマればストレートなテクノも好きですよ。もともと1980年代の音楽が好きなので、アシッドっぽいものはもちろん、ニューウェーヴやテクノ黎明期などの音も好きですね。

『Supernatural』は前作『Began To Notice』と比較すると、ヒップホップの要素が戻った原点回帰な部分も見られます。そうなった経緯は？

その理由はGAGLEのDJ Mu-Rと一緒にイベントやっているんですけど、彼がオープニングでかけていたヒップホップがすごくカッコ良くて、あとから誰の曲か聞いたらINDOPEPSYCHICSだったんですよ。改めて聴いたら、ヒップホップでダウンテンポなんだけどテクノの要素があったりして、当時は気づきませんでしたが、今の自分が求めるものに近かったんです。それで、彼らのサウンドがなんでこんなにカッコ良いのかを考えるうちに、昔の自分に立ち返ったんです。当時はキックとスネアとハイハットの音色選びに時間を掛けて、いかにドラムだけで聴かせられるビートを組めるかを追求していたのですが、今作ではそれと同じように片っ端からドラム・ブレイクのレコードを漁って、サンプルを抜いてきては加工する作業をやってみたんです。そうやって作った曲もあるので『Supernatural』は原点回帰っぽく感じるんだと思います。それに加えて今回はサンプリングの割合も増えましたね。

『Began to Notice』がカッチリとしたミニマル・テクノだったのに対して、『Supernatural』はパーカッションの音色が増えたのも印象的でした。

その分、今回のアルバムはシンセもの音も少ないし、メロディが全然ないんですよね。パーカッション・ミュージックはもともと好きでレコードも買っていたから、リズムのストックはけっこうあったんです。“こうやって使いたい”ってビジョンが明確にあったので、それをサンプラーにバラバラに録って組み替えたりしています。あとは自分でパーカッションを自分でたたくこともありますね。

『Supernatural』の制作にはどんな機材を用いていますか？

DAWはAVID Pro Toolsで、サンプルの処理はAkai MPC2000XLを通して録音し、そのあとで加工した音を、Pro Toolsに入れて編集しています。シンセサイザーはYAMAHA DX7、ROLAND JX-8P、YAMAHA Motif、KORG Micro Korg、Poly Six、Triton、Electribe、あとはROLAND SP-404などですね。ROLAND TB-303の実機が欲しいなって思ったんですけど、高くて買えないので、ReBirthのiOSアプリを使って録音したものを加工したりしました。僕にとってはリズムマシンやiOSアプリを使うのはサンプル・ソースを探す作業と同じなんですよ。1980年代のシンセを買ったりするのも、テクニカルに使うよりも単純に音色（ネタ）が欲しいからですし。あとは演奏用のパーカッション系の楽器などですね。

KORG Tritonですか！DAWが主流の現在となっては、オールインワン型のシンセサイザーは懐かしいですね。

Tritonはなにげに良い音が入っているんですよ。最近まではMIDIキーボードとしてとしか使っていなかったんですが、ベース系の音源が意外と良いことに気がついて。最近は制作でもよく使っています。

サンプリングを主体にビートを組み上げるヒップホップと、リズム・マシンでシーケンスを走らせることが多いテクノでは、グルーブという部分で大きく異なると思うのですが？

僕の場合はリズム・マシンを走らせたりはせずに、あくまでサンプル・ソースとして使っています。Akai MPC2000XLでリズムマシンの音をサンプリングして、自分にとって良いと思える音になるまで加工してから使ってますね。このやり方は最近の4つ打ちのビートでもまったく変わっていないです。だからテクノやハウスっぽいんだけどヒップホップみたいな、どっちつかずの音だって言われるんだと思います。

サンプル・ソースを加工する手法についても詳しく教えてもらえますか？

一連の流れを説明すると、MPC 2000XLをレコーディング・モードにしておき、ひずむ直前まで過入力気味に録っていて、そのままスルーでSP-404につなぎ、ここでエフェクトをかけたりして、そこからさらにMackieの16chのミキサーに入っていきます。Mackieのミキサーはオーディオ・インターフェースにもなっているので、そのままPro Toolsに入っていくという感じです。それぞれの役割としては、MPC2000でピッチやキーを整えて、SP-404ではアナログ盤のシミュレートのコンプを使って音を壊したり、ディストーションをかけて全体的な加工をしています。それをPro Toolsに録って、プラグインでEQやコンプをしていくという、3段階の工程を経ています。例えばミドルのピークのあるキックを作る場合、サンプリングしてフィルターなどをかけて加工したものを再度サンプリングして加工するということもあります。

キックの音はリズムマシンっぽいニュアンスもありつつ、低域が出過ぎずヌケの良い絶妙なサウンドです。低域の質感にはどんなこだわりがありますか？

例えばサンプル・ソースだけのキックだとアタックが弱かったりするので、アタックが強いROLAND TR-909のキックのディケイを短めにして重ねたりもします。ベースを主体で聴かせたい場合は、キックのリリースを短めにしてアタックで雰囲気を作りますね。僕は低音を出し過ぎてしまうクセがあって、これまでに輪郭がボヤけたりすることがあったんですよ。だから今回はマスタリングのチェックを仙台のクラブで営業前に爆音で掛けてテストしました。そのおかげでかなり良い音になったと思います。大きい音で聴くとキックの音にかなりのパンチを喰らうというか、攻撃的なんだけどうるさくはないし、良いバランスになったと思います。

そうやってあの耳にかみついてくるようなビートの音色が作られているのですね。もう１つgrooveman Spotの個性として、４つ打ちでもヒップホップ的な独特のタイム感がありますが、リズムの構築方法についても聞かせてください。

一番最初にすることはキックを4つ置き、100くらいのループくらいを作っておいて、MPC2000XLのパッドにハイハットを数種類アサインして、たたきながら録音します。やっぱりパッドをたたいて演奏するニュアンスは、あとからPro Tools上で波形のタイミングを編集しても出せない部分がありますね。それと、今はリズム系の音色ではキックとハイハットを重要視していて。というのも、セオ・パリッシュやDJ Quなどの音を聴いていて“カッコイイな”って思うのが、ハイハットの使い方だったりするんです。僕はヒップホップ育ちなので、どうしてもスネアやクラップの音色を入れたくなるのですが、最近はキックとハット、それにタムを合わせた3つくらいの音色で充分だと思えるようになってきたんですよね。

キックのタイミングはイーブンに4つ置いてから、あとから動かしたりはします？　そこはジャストのまましていますか？

キックはストレートに4つ鳴らすことが多いです。自分がDJをやっているのもあって、レコードとしてかけるときに使いやすいトラックであってほしいんですよ。その分、ハイハットやクラップなどの上にのっかってくるリズム系の音をズラしていく方が多いですね。もちろんこれは4つ打ちのダンス・トラックに関しての話で、ヒップホップの場合はキック、ハイハット、スネアはPro Tools上でどんどんズラして気持ち良いポイントを探ることもあります。

4つ打ちでもズラしたり、手打ちによるグルーヴ感がgrooveman Spotの個性になっているんでしょうね。

それはあると思います。僕は人間味のある演奏が好きなので、シンセなどを使う場合でもMIDIで同期させたりはしていません。だから、僕の作ったトラックをドラマーに聴かせたりすると“すごいタイミングで音が鳴るね”って言われるんですよ。何だかんだで、僕の音楽はほとんどがリズムだし、そこが大きいんだと思います。音楽を作るときも、どうやってリズムを作るかという意識でやっているし。そういう意味では話は戻りますがDJ Premierみたいな感じだと思うんです。Premierがどんな頭脳になっているのかは分かりませんが、僕が彼を研究した結果によると、曲の聴き方が普通の人とは確実に違っている。たぶん、彼はジャズやファンクやR&B、バラードを聴いていても、すべてがBPM90くらいのヒップホップになっていて、そういう聴き方の中でいろんな曲のパーツが見えているんだと思います。例えばPremierの曲で、BPM60くらいのソウルのバラードをピッチを変えないで、BPM90のトラックの中にうまく落とし込んでいるのは、そういうことなのかなと。ちなみに僕の場合、例えば１つの音を仕上げたら、次はこれがあったら良いなという感覚が常にあって。もちろんこれまでに試したことのない音の組み合わせにしてもそうで、この音を鳴したら次はこれ、この音を重ねて加工する……という確固たるイメージがあるんですよね。分かりにくいかもしれませんが、そういう感覚を頼りに曲を作っています。

音を作る際に、レコードのサンプリングとシンセなどの音源を使い分ける基準があったりはしますか？イメージする音がシンセなどで無ければサンプリングだったり、その逆だったり、そんな感じですか？

サンプリングありきで進行もありますし、例えばそのサンプルがヴィンテージっぽい質感なら今っぽいシンセ音色に合わないですよね。そういった場合は音を加工したり、当時の楽器を使ったりサンプルにしたり、その辺の使い分けはシチュエーションにもよります。ただ、質感を合わせていくと作業って、けっこう楽しいんですよ。パソコン上で完結するような曲作りよりも、もっと楽器やサンプルをオモチャのように扱いながら、音を作っていくような制作方法が好きですね。

あくまでヒップホップの方法論でテクノなどの4つ打ちを制作しているんですね。ヒップホップからハウスへと流れるのは自然ですが、grooveman Spotさんの場合、そんな中でもアシッディなシンセが入っていたりするあたりが、ヒップホップから派生したタイプの4つ打ちの音楽とは、一線を画している部分だと感じます。

今ならビート・ダウンとかディスコ・リエディットとかだと、大きく分けてサンプリング・ミュージックとして共通するとは思いますよね。僕の場合はいきなりディープでミニマルな4つ打ちに魅了されてしまったので、たぶんこうなったんです。そもそもPro Toolsを使ってテクノを作ること自体がわりと珍しいことだし、それに今の制作環境でテクノを作るのは限界もあるんだろうけど、それで良いと思っていて。例えばMPCしか持っていないのにテクノを作りたくなったけど、機材の性能的にそれが難しい……じゃあどうすればよいのか？　それならサンプリング主体で何とか工夫して作ってみるかっていう考え方なんですよ。その方が面白いというか、そういった環境に置かれた方が頭をフルに回転させることができると思うし、何でも揃っていると逆に頭を使わなくなってしまう気がしますね。

そこはリズム・マシンのタイム感に依存するのか、もしくはタイム感も自分でコントロールかという部分でも大きく違うポイントですね。例えばたくさんのシンセやリズムマシンをMIDIで同期させれば、シンクロしたビートをいとも簡単に鳴らせますが、それが逆にタイム感やグルーヴに対する感覚を鈍らせる弊害も起きやすいと思います。

そうすると自分のグルーヴじゃなくて、マシンのグルーヴになっちゃうんですよね。たぶん曲作りをノートで例えると、キチっとマス目がある紙に書くのか、罫線のみか、もしくは線のない真っ白な紙にスケッチするのかの違いだと思います。僕の場合は白い紙にスケッチを書いていきたいし、フィジカル的な要素がある曲作りの方が好みですね。それもあって、あまり人の制作方法は頭に入れないようにもしています。自分の頭で考えて曲を作ることで、より自分のオリジナリティを生かせると思うんです。