ダブステップの次はどこへいく？これは、ダブステップの黎明期から活動しているアーティストが抱えていたお馴染みのジレンマだ。00年代末にイギリスのアンダーグラウンドがハウスやテクノへと転換した際、彼らの多くは蚊帳の外に取り残された。時代の波に合わせていった者もいれば、迎合せず、よりピュアなダブステップ・サウンドに飛び込んでいった者もいる。だがRob Ellis（Pinch）は、そのどちらの道も選ぶことはなかった。彼はブリストルのプロデューサー、そしてレーベルTectonicのボスであり、ダブステップというジャンルの確立に貢献し、エキサイティングで新しい方向性へと推し進めてきた人物だ。彼は今、自身が最初期のダブステップを好きになった要因である「ダンス・フロアにおけるダークな衝動」にアプローチしていく新たな方法を見つけようとしている。

この動きは2010年にSwamp 81からリリースされた象徴的トラック"Croydon House"から始まっている。このトラックがきっかけで筆者は当時のダブステップに起こっていた変化についてEllisと話すことになった。"Croydon House"はハウスやテクノへの興味を示すものであったが、普段馴れ親しんだハウスやテクノの感覚とは異なるもので、全盛期のMetalheadzにインスパイアされた激しく揺さぶるブロークン・ビーツ的なものだった。以降、Ellisは、周囲がハウスに夢中になっている状況から距離を置き、かつ、既に確立されている伝統的なものへ傾倒することを避けながら、ますます特異な道にTectonicを（そして、新しいプロデューサーにスポットをあてるため昨年スタートしたCold Recordingsを）率いている。

Ellisのヒーローの1人であるAdrian SherwoodとのEPをリリースしたことに加え、最近では、彼はMumdanceことJack Adamsという強力なパートナーを発見し、今年の衝撃トラック"Turbo Mitzi"を皮切りに多くのトラックを共にプロデュースしている。彼らの音楽に似ているサウンドは他にはなく、Adamsによる断片的なリズムはファンキーでありながら密室的な感覚を生み出し、そこへPinchのダークで偏執的なサウンドが覆い尽くしている。彼らのスタイルが最も素晴らしく提示されているのが、この夏に発表された『Pinch B2B Mumdance』（英語サイト）であり、ダンス･フロアを破壊する要素と、自由に解き放たれた実験性を、全盛期のダブステップを特徴付けていた強靭な意志と共にブレンドした傑作ミックスCDだ。

先日、ブリストルでEllisと会った際、彼は何杯かビールを飲みながら、ダンス・ミュージックにおける立ち位置だけでなく、イギリス・シーンの脱部族化、そして急進性の間にあるバランスを模索している現在について、率直に意見を述べながら、自身のキャリアを哲学的に語ってくれた。

###

最初にBPM140のストレートなダブステップから離れようと思ったのはいつですか？

振り返ってみると、俺のアルバムにはBPM130のトラックが入っていたり、Planet Muから出した何曲かは176でやったりと、少しではあるけど、もともと色んなことをやってたんだ。ハッキリとしたものになったのは"Croydon House"が最初だね。思えば、"Croydon House"を出す直前、fabricのRoom 3のDJをやっていた期間があって、全種類の音楽をちょっとずつプレイしていたんだ。Basic Channelのダブ・テクノをグライムやガラージのレコードと一緒にミックスしていたし、15分あるBasic Channelのトラックをかけっぱなしにして、それをミックスで出し入れしてたよ。

ダブステップの連中がハウス寄りのことをやろうとしている動きは既に少しあって、"Croydon House"はハウスのフォーマットでMetalheadzのサウンドを作ってみようとする単なる試みだったんだよね。それがすごく自分にしっくりきて、しばらく経たない内にダブステップのビートを作るのをほぼ完全に止めたんだ。ダブステップで作った最後のトラックは"Blow Out The Candle"（ろうそくを吹き消す、の意）って言うんだけど、タイトルにもそのヒントが入ってるよ（笑）。当時は新鮮な勢いみたいなものがあって、必ずしも完全に新しいサウンドだったわけではないんだけど、Night SlugsとかSwamp 81みたいなレーベルには突然変異のような感覚が確かにあったんだ。俺はその変異が、よりダークでロジカルな方向に向かっていくんだろうな、っていつも思ってたんだけど、違う方向に進むようになってきて、より愉快で、よりハッピーで、あんまり変わったものじゃなくなってきたんだ。

今でも自分のセットで少しダブステップをプレイするよ。プレイする場所によって様々だね。ほんの少ししかプレイしない時もあれば、多めにプレイするときもある。だけど、俺がプレイしていて興奮するトラックは、全部BPMが126から128の範囲のものだ。140のもので、今でもすごく良いトラックは例外として少しあるけどね。これはいいものを聞き過ぎたときに起こる単純な症状なんだと思う。俺はいいものから少し距離を置く必要があるんだ。たぶん3、4年もすれば、俺はハウスのテンポの音楽に飽きてると思うよ。もしかしたら、ダブステップをまた作るようになるかもしれないし、できれば何か他の音楽と並行して作っていたいかな。

アメリカでダブステップが変化して飛ぶようにヒットしていたとき、元々のダブステップの発明に貢献したとクレジットされる人物として、あなたはダブステップの所有権を感じませんでしたか？

もちろんだよ。全体に対してすごくムカッとしてた時期があったよ。ああいった音楽が違う名前で呼ばれていたとしたら、気に障ることはなかったと思う。ダブステップの名を汚してるようなもんだからね。でも同時に、永延に続くものなんてないからさ。この件に関しては、Loefahが俺に影響を与えたんだ。この件で彼と話をするようになって、Loefahはしばらくの間、ダブステップに対していい気持ちを抱いていなかった。たぶん、俺よりも長くそう思っていたと思う。「アメリカ人はボールを持ち去って、俺たちに何も言わずにルールを変えてさ。俺たちがやってるのは、今じゃ全く違うゲームになってる」みたいな感じが確実にあったよ。

俺はいつも、分離している状況にあることを、ある程度感じていた。気にしていたのは、ダブステップがアメリカで人気だったことではなくて、大きな絵の中の小さな一面だけでを見て、他の部分を見ることに誰も興味を持っていなかったことだよ。でも、この2、3年で変わってきているとは思う。アメリカの新しい世代のキッズは、もっとディープなサウンドを作っていたり、かつての音楽観に根付いたスタンスを取っている。素晴らしいんだけどさ、俺にとっては悩ましいんだよね。だって、俺個人の興味から5、6年遅い感じがするんだもん（笑）。

もっと大事なのは、インスピレーションを受け続けて、動き続けることなんだ。それが俺のやろうとしていることだ。何かに興味を持っている状態に自分自身を保つってこと。毎週、イギリスや世界中を移動して、くたくたになるっていうのを何年も経験したらさ…もちろん、それはいいことだよ。悲惨な仕事みたいに聞こえるように言ってるんじゃなくて、俺はこの仕事を好きなんだけど、言いたかったのは、情熱を持ち続ける方法を見つけなきゃいけないってことなんだ。何でかって言うと、「よし、このトラックは上手くいくから、この手のトラックをプレイし続けよう」って状態に陥って、自分がやってることから自分自身を切り離してしまうことになってしまうからなんだ。だから、形式が何かってことは俺にとってはそれほど重要なことではないんだ。形式っていうのは、単に違うグルーヴ、違うテンポってだけ。1つの形式を表現するのに色々と違うやり方を見つけることができるでしょ。

俺にとっては、ダンスフロアにあるあのダークな衝動が全てで、それはダブステップの初期で感じられた、エネルギーが漲った興奮みたいなものなんだ。エクスタシーの衝動に近くて、ちょっと重過ぎるくらいのやつ。分かるでしょ。じんわり、ゆら～っとしたやつってよりも、ちょっとキツ過ぎる時のやつでさ。随分前だけど、初期のDMZについてMartin Clarkと話してた時のことを今でも覚えてるよ。彼に言ったことをハッキリと覚えていて、「Martin、これ何なの？この音楽、すごくダークなのに、すごくハッピーになるんだけど！」って。ダークな音楽は必ずしも邪悪でどんよりとしている必要はないと思っていて、同時にエネルギーを感じさせることができると思うんだ。俺がリリースやDJでやろうとしてることで追い求めているのは、そういうことなんだ。もちろん、原動力を加えていかないといけないよ。1つのアイデアを何度も何度も真似することはできないからね。

キャリア全体で見たとき、どのようにして自分自身をダンス・ミュージックに興味を持った状態に保っていますか？

その答えの大部分を占めているのは、音楽を聴き過ぎないってことだね。たくさんのデモを数年聞いてると、自分自身が飽和状態になって、世の中のプロデューサーの多くは同じアイデアを何度も繰り返し過ぎていることに気付くよ。例えば、ハーフ・ステップのビート。延々、同じハーフ・ステップのビートを聞いてて、うんざりするところまでにいったんだ。もともと、すっごくかっこいいビートだったのに、興奮しなくなったのはそのせいだし、ここ最近のダブステップに起きていることにも似ているね。

例えばMumdanceみたいな人と一緒に作業するのは面白いよ。彼は音楽を継続して聴いているけど、全身がスポンジみたく吸収しちゃうんだ。多くのことについて知識を持っているし、俺の知っている領域との差が大きくてさ。例えば今だったら、彼はTresorとかその手のサウンドを知ろうとしているよ。「何でTresorをチェックしてこなかったんだ、俺？」って言いながらね。それに、いつも俺に曲を送ってくるし。新しくて面白いものを聴くことと、適切な心構えでいることの間にはバランスがあると思う。物事は人の捉え方を歪めることがあるでしょ。Boddikaとか誰かみたいなサウンドにしようとしているデモを何百って聞いていたら退屈しちゃうだろうけど、だからといって必ずしもそこにあるアイデアを放棄したほうがいいって意味では決してないんだ。

昔はいつも同じものを聴き過ぎて、「さて、俺の居場所はどこだっけ？」って反応をしていたよ。時として、そのアプローチはベストじゃないこともある。エキサイティングなのは、シーンにやってくる若手のヤツらは全くそんなことを意識してないってことだ。みんなが安っぽいと思うかもしれないサウンドやアーティストからの影響を気にせず取り入れ始めるんだよね。だって、あいつらは自分だけの考えの、特定のコンテクストの中にいるからさ。で俺たちも変な線引きをしていなかったら、生まれてくるサウンドはもっと自然なものになる可能性があるだろ。このバランスを達成するのは難しいんだけどさ。

言ってみれば、自分がどこにいるのか気にすることを、止めようとしているってことでしょうか？

すごく居心地のいい場所にいたことは今まで一度もないと思う。俺が作ったダブステップのレコードの多くは特にそれほど踊れるってわけではなかったけど、アンプで増幅して聴かれるためにデザインしたものだ。だから、ダンスという点では少し矛盾してるね。"Swish"や"The Boxer"みたいな「ダンス」なトラックも何曲か作ったけど、他のトラックと上手く収まるかどうかということで、気にし過ぎたことは一度もないよ。最近では、音楽の目指している方向性をもとに団結する、という感覚を明確にしていこうとしている。

最近Mumdanceとやった、ミックスの文脈を定めようと使ってきた言葉の多くは、プロトタイプのジャングルという言葉に関連している。「見て！新しいジャンルだよ。好きなように呼んでいいよ」って言うよりも、プロトタイプ・ジャングルというものをやろうとしている、ってちゃんと説明するようにしてるんだ。このサウンドは、少しずつ異なる影響を集めた新鮮な空間へ向かおうとする動き、ということなんだけど、それがエキサイティングなところで、ハッキリとした線引きがないんだ。あるサウンドを定義する力を持つことは、そのサウンドの周りにコミュニティを形成することを容易にするけど、サウンド内で戦い合うことになるネガティブな結果にもなりうる。この2つの間には常に繊細なバランスがあるんだよ。今俺たちがやっているサウンドは面白い方面に向かって自由に進んでいると思う。面白い方面に向かい続けている限りは、このサウンドに関して気にし過ぎることはないよ。

今、あなたが作っている新しいサウンドの周りにコミュニティが構築されていると感じていますか？

感じてるよ。俺に送られてくるトラックの一部を聞けば、そうだと分かる。Tectonicにしたって、ダブステップのトラックはもう受け取っていないし。そして、それはいいことだと思ってる。物事が少し変わってきたことをみんなが理解しているってことだからね。ダンス・ミュージックでは、強力なアイデアの周りには重力が宿るんだ。魅力、そして重力がコミュニティを構築し始めているような感覚があるよ。一度も名前を聞いたことがない人が俺にトラックを送ってくれて、その中には「これはハマるぞ」ってものがあるし。こうしたことは有機的に起こるんだ。それ以外には起こりようがないと思う。俺の意見としてはだけど。

###

音楽が変わっていっているのは明らかですし、新しいレーベルも始めていますけど、Tectonicを続けているのは何故ですか？Tectonicは今、どんなものなのでしょうか？

Tectonicは俺のかわいい子供なんだ。だからいつもそこに居るんだよ。相当な数のカタログ、17、18枚のアルバムをリリースしてるし、「じゃあ、さよなら」って言えるようなものではないんだよ。俺にとってTectonicは常に母艦と言える場所なんだ。俺のハートに最も近いところにいる。これまで長い間、一緒に旅をしてきたからね。そして、アンダーグラウンドで信頼のあるダークなダンスミュージック・レーベルが前進していくためには、時代と共に変わっていくだけじゃなく、出来れば時代を変えていく必要がある。Tectonicの目的はここにあるんだ。

現時点では、Cold RecordingsとTectonicの間には重なり合ってる部分が確かにたくさんあるけど、俺から言わせてもらえば、Tectonicはテンポという線引きからどんどん離れていくことになるだろうね。難しいんだけどね。だって、みんなディープでダークなダブステップ・サウンドのイメージとTectonicを強く結びつけているからさ。誰か知らない人がTectonicからリリースしても、みんながオープンな耳を持ち続けてくれさえしたら、根本的な問題ではないけどね。Tectonicがどうやって真摯なファンによる土台を築いたのか分かってるつもりだよ。だから、彼らのテイストが一夜にして変わることを期待することはできない。自分が行こうとする方向性に彼らを少しずつ促していかなきゃいけないんだ。

ダンスミュージックに起こっているより大きな変容の中、あなた自身がその流れから外れてしまっているように感じていますか？

たぶんそうかも。現実的にもならなきゃいけないよね。Tectonicは10年近く運営が続いてるから、全体的に見ればその間に多くの人がダンス・ミュージックを訪れては去って行ったよ。例えば若いリスナーにとって、Tectonicがどれだけ時代に沿っているように見えているのかは分からないな。でも何人かは…例えばFactaなんかはまだ21歳ぐらいだけど、彼とニューヨークで遊んだ時、かなり感動したんだよね。知識がしっかりしてて、すごくマイナーなトラックも知ってるんだ。

新しいレーベルを始めて、Tectonicを同時に続けているのは何故ですか？

こういうふうに言えるかな。俺自身を除いて、Coldからリリースしているものは全て、アーティストにとって初のリリースか2枚目のリリースにあたるものなんだ。みんな若くて、Batuは19か20で、Acreも若いし、Ipmanはこれまでダブステップ系のものをやっていて、Coldは彼がもっとテクノ寄りのバリエーションを発表していくための場所になってる。彼らのサウンドから育っていく新たなコンテクストを定めるのに、Coldが手助けになると俺は感じていたんだ。だからColdから育っていくものは、最終的にTectonicにフィードバックされることにもなる。Tectonicは今もディープでダークなダブステップに関連付けられているから、そこを揺り落とすには少し時間がかかるだろうけど、俺としては必ずしもそうしたいと思っているわけではないんだ。でもColdは新しいレーベルで、ただ育っていくだけだから、線引きがないんだよね。先々は、小さなグループになっていくかもしれないね。

Tectonicという知名度がなければ、新しいレーベルを始めるのは難しいと思いますか？

何とも言えないな。Tectonicが無いという状況は、レーベルを始めることをエキサイティングなものにすると思う。たとえ自分がどこに行こうとしているのか、ちゃんと分かっていなかったとしてもね。トラックを作る方法にせよ、DJをする方法にせよ、特定の習慣に陥ってしまうのはものすごく簡単で、例えば、今年、初めてライブ・セットをやったんだけど、すごく緊張したんだ。だけど、何かに対してもう一度、緊張をするっていうことを楽しんでいた自分もいるんだ。分かるでしょ。ターンテーブルから一歩外れてさ。DJはこれまで何度もやってきて、緊張することなんてないよ。あの緊張から来るエネルギーを久しく味わってなかったんだ。

ColdはTectonicとはかなり違っていて、ディストリビューターを使っていない。直で売ることをメインに心がけてるんだ。理由は単純で、アナログ市場の縮小だよ。でも直で売ることで、レーベルの周りにコミュニティが築かれる手助けになるとも思ってる。みんながつながりあって、レーベルの一部であると感じて欲しいんだよ。同じことをTectonicでやろうとしたら、そんなに簡単にはいかないと思う。俺は直売りを推していくことも試しているんだ。加えてこまごまとしたことをやったり、無償で何かを提供したりね。Coldは数店舗のみに販売していて、Hard Wax、Boomkat、Idle Hands、そうした店舗は俺たちがリスペクトしている店だ。レコードを買える実店舗が数箇所しかない、っていうのがいいよね。みんなが何かを手に入れるために、レーベルともうちょっと直にやり取りをするようにするとか、もっと自ら動くようになって欲しいと思っていたんだ。

生協のようなものに似てますね。

そこまでじゃないけどね。自分がやりたいことをやるために十分な時間と資金がないってだけのことだよ。でもレーベルの周りにダイレクトなコミュニティをもっと築いていきたいんだ。その結果としてプロデューサーたちがつながりあえるような場所をね。コミュニティがサウンドに対する興味を通じて生まれたものにせよ、単に場所や空間を通じて生まれたものにせよ、俺としては部族的なつながりのようなものだと思ってる。こうしたつがなりは、現在のダンス・ミュージックが失っているものだと思うんだ。このつながりが脱部族化したことは一度もないし、もっとジェネリックな（特定のものではない総称的な、という意）エレクトロニック・ダンスミュージックのサウンドを聴けば分かってもらえると思う。GEDM（Generic Elecronic Dance Music）と呼ぼうかな。

「よし、あのトラックはビッグ･チューンだったから、ベースラインはあのトラックみたいにして、あれも使って一緒に引っ付けて、よし出来た」って言いながら、あちこちからいいとこ取りをするような人には大きな違いがある。俺が子供のときは、ジャングル好きな人は、テクノを好きな人とは全く遊んだりしなかった。ネガティブな一面もあるけど、部族化する感覚、何かに属しているという感覚は、シーンに対してすごく大事なものを作り上げてくれるんだ。ダンスミュージックで大きく見過ごされている要因の1つはオーディエンスだよ。初期のダブステップが機能していた理由は、ある特定のオーディエンスがいて、そのオーディエンスは新しいサウンドにオープンだっただけでなく、何かに本当に飢えていたんだ。

初期のダブステップの頃と比べて、イギリスのダンスミュージックにはコミュニティが少ないと感じていますか？

そりゃそうだよ。そして俺が思うに、イギリスで起こってるハウス風な音楽変化は...うーん…っていうのも、変化はヨーロッパでは何年も起こっていたことなんだ。「誰がそんなの聴くんだ、よりハウスとテクノってだけじゃん」って感じだったのに、おかしいよね。ダブステップ世代が完全にハウスミュージックを見過ごしてた、って感じだった。新鮮で面白いものとして扱われるようになっていったけど、どこの誰も、そんなことにはなってないよ。俺が大きなレイブに行くことになったときに見かけるのは、すごく脱部族化したシーンになっているってことなんだ。悪いことだと言ってるんじゃないよ。単に違うものってだけ。ダブステップ、もしくはジャングルのようなものは、音楽を超えて有機的に広がっていった核となる価値観があったんだよ。この手の新たなハウスから広がっていくような文化的な価値観がそれほどあるとは感じていない。だけど、俺も年を取ってきたし、いつもクラブに遊びに行ってるわけじゃないから、俺の意見が実際の状況を反映してるかどうかは分からないな。

でもある意味では、あなたが作ってるもの、特にMumdanceと一緒にやってるものは、色々異なるものからアイデアを取り入れているんじゃないですか？

アイデアのいいとこ取りをすることと、影響を持ち込むことには違いがあると思っている。例えば、俺たちが作った"Turbo Mitzi"は、ジャングルの音楽観を拡張した好例だと思うよ。ブレイクビーツやアーメンを使ってるわけじゃないけど、直接ジャングルの素材を使うことなく、ジャングルのムードを捉えてるんだ。

Mumdanceとはどうやって知り合ったんですか？

始めて会ったのは数年前で、互いに違う音楽の道を進んでいた時だね。ブリストルにある大きな駐車場で、フェスティバルの一部としてレイヴが行われたんだ。そこで、単にJackが挨拶してきて、それで俺の彼女がJackにウォッカを買ってあげたら、一気に飲み干して、そしたらその直後に吐いちゃってさ。それがJackの第一印象で、その時一緒に話したり、つるんだってわけではなかった。

それから2年後にマンチェスターのWarehouse Projectでも会ったんだ。「気に入るかもしれないトラックが何曲かあるんだ」って言ってきて、初めてトラックをまとめて俺に送ってきたんだよね。その次にまとめてトラックを送ってきた中に"Legion"が入ってたんだ。あのトラックは昨年のフェイバリットだよ。スバ抜けてキラー・トラックだった。それでJackと話をしたら、すごく積極的に自ら動くタイプのヤツでさ。「立ち上がって、出かけていって、やることをやる」って感じ。ブリストルにJackが遊びに来て、それ以来仲良くやってるよ。俺たちが最初に一緒に作ったトラックは"Turbo Mitzi"で、それから他に4、5曲作ったんだ。Jackと一緒に作業するのはすごく新鮮だよ。どういうふうにまとめていくかってことについて互いに異なるアイデアを持ってるからね。ある意味では、お互いの中間で出会う、という感じだよ。妥協ではない。「よし、俺がこのクラップを使ったら、お前はそのハイハットを使えるね」って感じじゃなく、もっと「このクラップは俺たちにとって機能するかな？」って感じなんだ。お互いが機能していると思わない限り、それは機能しているってことではないんだ。

Mumdanceのトラックの何が、そこまで刺激的に思えるんでしょうか？

うーん、Mumdanceだけってわけじゃないよ。他にもたくさんあるんだ。その中であまりにも放っておかれることが多いのはLogosだけど、彼はJackに大きな影響を与えたんだ。Jackの考え方で最も刺激的なことの一つは、音楽を突き動かす真の熱意があるってことで、それはものすごく周囲に影響を与えることだと思ってる。本当に貴重なことだよ。Jackがやってるサウンドで具体的にどれとか、どうやってベースラインを作っているかとか、そういうことじゃないんだ。Jackの全体像、全体的なアプローチ、色々異なるものに飢えていて、ハマって、のめり込んでいるところ、そういうことなんだよ。俺たちが一番重なり合っているのは、1992年から1996年までのダークなMetalheadzが好きっていうところだけど、Jackの姿勢の方が重要だね。

Jackの姿勢に、自分が影響を受けていると思うことはありますか？

あるよ！JackとLogosが"Legion"でやっていたサウンドや、他にも同時期に俺たちがやっていたことの多くは、このテンポでやるべきだと俺自身が思っていることに、ものすごくフィットするんだ。健全なハウスサウンドというよりも、このテンポでのポスト・ダブステップ制作の世界から生まれるべきなのは、彼のサウンドだと思うね。複雑で、よりムードがあって、いびつなグルーヴ、その間には十分に隙間もある。Jackのリズム・バランスの取り方が面白いんだ。素晴らしく隙間感がある狂ったようなリズムのバランスだ。すごくミニマルなんだけど、同時に狂っていてエネルギーがあるんだ。この音楽観をしっかり表すのは、かなり難しいと思うよ。

一緒に作った作品を提示するのに、アルバムではなくミックスにしたのは何故ですか？

最も正直な理由は、ダンスミュージックのアルバムっていうのは少し自己矛盾していると思っているからなんだ。詰まるところ、アルバムっていうのは、ロックやブルース、音楽業界の伝統的な一面としての名残だけど、ダンスミュージックはDJによって音楽が途切れずに提示されるものでしょ。だからミックス・フォーマットの方が、より素直な形だと思うんだよね。どういうふうにトラックを一緒に機能させていくか、ってことだからね。ストレートなミニマル・テクノのアルバムを単に聴くって考えたとき、そこには2分間のイントロと2分間のアウトロの8分間のトラックがあるかもしれないよね。そういったトラックは、ただ単に聴かれるために作られたわけじゃないでしょ。

自分ひとりでミックスして仕上げることも出来たけど、俺とMumdanceで一緒にやるっていうのが大事だったんだ。というのも、俺たちがトラックを作ってるとき、新たな違う場所に向かって2人が近づいていっているように感じたからなんだ。数回一緒にイベントをやって、バック・トゥ・バックでDJをしてるんだけど、エキサイティングに感じてるよ。Jackがどんなトラックをプレイするのか分からないし、気が抜けないよ！この新しいサウンドがどういうふうに変化したとしても、その周囲にコンテクストを生み出して影響を与えるのに、Jackは大きな役割を果たしてるんだ。

"この新しいサウンド"と言いましたけど、それは本当に新しいのか、それともこの5年間でやってきていることを論理的に拡張したもの、ということでしょうか？

異なることに挑み続ける必要があるんだ。自分がやること全てが上手くいくって思うのは馬鹿げてるけど、異なることをやり続けていれば、最終的に少しだけさらに機能性を持ったものが見つかるんだよ。俺たちのサウンドは違うものだと思っているし、これまで歩んできた道程における、もう一つのステップなんだ。だけど危険なのは、この道程の終わりがどういうものなのかをピンポイントで示そうとすることだ。フォーカスをあてると、ネガティブでがっかりするものになっちゃうんだよ。

初期のダブステップを振り返ってみると、俺がインタビューを受け始めた最初の2年間は、ほぼ全部のインタビューで、質問の内の1つは絶対、「ダブステップって何？」もしくは「ダブステップをどういうふうに定義しますか？」が入っていた。そして、この手の質問を聞かれることが無くなったとき、その答えが見つかった、ってことがハッキリと示されたんだと思った。最後まで辿り着いてるわけじゃないんだけど、地平線を見ていたら、どこに地平線があるのか分かった気になるでしょ。この質問が無くなってから、クリエイティブな面で、ダブステップが少し退屈になり始めたんだ。皮肉っぽく言うなら、有名になって成功を収めるようになっていったんだ。今俺たちがやっているサウンドを表す名前がないっていうのがいいよね。このサウンドの周りには不確定な感覚があって、それが何かっていうのは、まだ形成されているところなんだ。形成と変異を繰り返していって欲しいと思ってるよ。

イギリスのダンスミュージックには部族的感覚が欠如していることについて話しましたけど、ダブステップの全盛期の頃と比べて、イギリスのシーンにはクリエイティビティが喪失していると感じていますか？

いや、必ずしもそう思ってるわけではないよ。だけど、より本質的に異なるものになっていると思う。さっき話した、オーディエンスがいたっていうことにもつながっていて、というのも、あの話はこの質問の点に着目させてくれるからなんだ。今も、メインではない隅っこのほうではたくさんのことが起こっているけど、それはダブステップが形成されていくことになった要素と同じものなんだ。当時は、他のシーンには退屈な感覚があって、「よし、これはハウス。これはテクノ。これはドラム&ベース」って感じでさ。どれも全部、割かし安定したサウンドだから、そうすると、それぞれのコンテクストの中だけで、どんなものが上手くいって機能するかっていうことを予測することが出来るでしょ。

予測不可能性の欠如だったんだよ。様々なジャンルで精度を高めていった末に至る結論があって、その結論に当てはめて、あとは同じアイデアを再利用するだけっていうさ。結果として、謎めいた感覚の欠如につながっていたんだ。何か違うものに飢えているという感覚が再び活発になっていると、俺は最近感じているんだけど、その感覚を惹き付けるものとして機能しているものが特に無いんだよね。つまり諸刃の剣と言うことが出来るかもしれない。何か惹き付けるものがあれば、みんなを一つのメイン・ポイントに集めるにはすごくいいけど、そのメイン･ポイントの外側で起こっている他のことを隔離してしまうことになる。トンネルにいるときのような視野になるんだよ。アイデアにフォーカスして精度を高めていくのにはいいんだけど、トンネルの内側だけで自分自身を失ってしまうような悪い面もある。

たくさんの音楽、特にプロモやデモを聴かないことについて指摘した点ですが、Youngstaのような人に起こったこと、もしくは全体として見たときのドラム&ベースに起こったことと全く同じだと思います。1つのものだけを聴いて、1つのものだけを作る人は、他の場所には行かないですよね。

繰り返しになるけど、そこには目的やポジティブなものもあるんだ。黎明期に、Youngstaのように特定のサウンドにフォーカスしたトンネル・ビジョンを持っている人がいなかったら、って考えてみてよ。ダブステップが過剰消費されて、みんなに知られるようになった今となっては、ダブステップを当たり前のように扱うのはすごく簡単だよ。Hatchaみたいな人、つまりどんなサウンドが自分にとって上手く機能するのかビジョンを持っていた人が、Benga、Skream、Mala、Loefah、Cokiを1つにまとめたんだ。彼らがそれぞれ異なる方向に進んでいって何年か経ったけど、共通の場所がそこにはあったんだ。Hatchaは、当時の作品からその場所を見い出して、1つにまとめることが出来た。つまりは、いつが正しいときか理解して、柔軟でいられるかどうか、ってことだよ。容易なことではないけどね。ある特定の方向に意識が向かっているときに、自分自身を意識していられるのは簡単じゃないよ。

今話しているようなことに対して、答えが簡単に見つかることはないよ。年を重ねて、人生に対する思考が成熟してきたと思うようになればなるほど、ある状況において真実であることは、他の状況では真実ではない、ということをますます認識するようになる。真実という考えや、絶対的な真実が消え去っていくんだ。音楽というものは、常に文化や、言葉にされていない多くの認識を反映したものでもあると思っている。人間っていうのは全くもって単純明快な生き物ではないし、ますます複雑になっている世の中に生きる、とても複雑な生き物なんだ。だから、何が絶対的で、何が真実なのかという感覚は、普遍的なものではないんだ。

この点は、ダンス・ミュージックの現在のトレンドにもすごく表れていると思うよ。インターネットを使えば、10年とか15年前には手に入れられなかったものにも即行でアクセス出来る。昔はもっと部族化するのが簡単だったんだ。なぜなら、部族化するということの一部は、あるものをさらに見つけ出そうと努力をすることだからね。ものすごく時間を要することだよ。その時間が過程から切り離されて、今の子たちはマウスのボタンをクリックして、様々なシーンのコアとなるアイデアを簡単に活用することが出来る。途方もない話だよ。でも、そうした行動には、みんなの意識に与える影響があり、みんなが物事を消費する方法に与える影響があるんだ。それで、以前よりも軽い気持ちで、物事を消費するようになってるんだよ。つまりは変化すること、実験すること、典型的な線引きの外へと踏み出すことが素晴らしいことであるのと同様に、アイデアの精度を上げていって、みんなが集まれるような安定した場所というコンテクストを設置することも等しく素晴らしいことなんだ。それが、単にアイデアという点においてにせよ、たとえそれがソーシャル・メディアという点においてにせよ、素晴らしいことなんだ。両方、素晴らしいんだよ。要はバランスってことさ。