Basic Channelの軌跡は、アンダーグラウンド・ダンスミュージック界に代々伝わる伝説のようだ。彼らはダブテクノを発明した。Mark Ernestusは、Hard Waxを通じてベルリンにデトロイトとシカゴの音楽を持ち込んだ。そして彼らは、Chain Reaction、M-Series、Burial Mix、Main Street Records、Rhythm ＆ Soundといった多様な関連レーベルを含む、非の打ち所がないリリース群を世に放った。ところが、主宰者のErnestusとMoritz von Oswaldは、25年前に立ち上げたこのレーベルについて多くを語りたがらない。だからこそ、このレーベルの謎に包まれたレガシーは今も多くを魅了し続けている。

Basic Channelと、Vainqueur、Torsten Pröfrock (T++)、Substance、Porter Ricksといった後続の同志たちは、テクノ、ハウス、アンビエント、ダブ、そしてミニマリスト・アート・ミュージックといった潮流を自在に乗りこなした。「今はエレクトロアコースティック音楽に興味がある」と、Pröfrockは1998年に語っている。「そしてエレクトロアコースティック音楽の一部の界隈は、よりテクノに強い関心を抱いているんだ」。Basic Channelはダブテクノの岩盤にドリルを当て、広大な新しい地形をえぐり出し、抽象化とミニマリズムによってその新世界を突き進んだのだ。彼らの功績がなければ、テクノはこれほどまでに輝き、人を魅了することはなかったし、芸術として真剣に捉えられることもなかったであろう。

ところがこの、目がくらむほどの数の偉業に加えて、Ernestusとvon Oswaldはインタビューを避けたがる傾向があるため、いつしか彼らは手の届かない、畏怖の対象とも言える存在と化した。まるでHard Waxの奥の部屋に潜むテクノ版オズの魔法使いのように。しかし実際のところ、彼らは偉ぶることなく、ただひたすら献身的に音楽と向き合っているだけなのだ。

Ernestusが最近ハマっている音楽はンバラ・ミュージックだ。とはいえ、相変わらず彼のハマり方は並大抵ではなく、YouTubeで動画を漁ることから始まり、セネガルに渡り、Ndagga Rhythm Forceというバンドを結成し、ポリリズムのエッセンスを凝縮した音楽をリリースし、ライブでは卓ミキサーの監修も行う。ヨーロッパ・ツアーではErnestusがバンドの運転手までやった。それは、1992年にUnderground Resistanceが初のヨーロッパ・ツアーを行ったときにも彼がやっていたことだった。

Rhythm ＆ Soundプロジェクトが静かに幕を下ろした後、ここ10年ほどvon Oswaldは何かに取り憑かれたようにがむしゃらに活動し続けてきた。2008年に脳卒中で倒れているにも関わらず。彼の即興セッション・バンド、Moritz von Oswald Trioでは、自身のトレードマーク・サウンドの緩やかな拡張と分解を追求してきた。彼はまた、自身のルーツであるクラシックに回帰し、Deutsche GrammophonのカタログをCarl Craigとリミックスした他、Juan AtkinsとのBorderland名義で2枚のアルバムをTresorから発表している。その合間に行ってきた彼のソロ・パフォーマンスも、高まり続ける期待を裏切ることはなかった。

今回、この特集を組むにあたってErnestusとvon Oswaldそれぞれに話を訊くことができたが、結局掲載を断られてしまった。Dubplates & Mastering、Basic Channel、Chain Reactionなど、これまでふたりで協力して様々なビジネスを運営してきたことからも見えてくるが、彼らは平等主義者であり、相方のいないところで自分勝手に喋るわけにはいかない、という堅い意志があった。そして、Maurizioの12インチや、Chain Reactionの「メタルボックス」CDを手に入れればおのずと見えてくる彼らの哲学について、わざわざ言葉で説明することは野暮だと彼らは言う。

代わりに、ErnestusはCarl Craig、Robert Henke、HallucinatorのEdward George、Anna Pivaなど、長年に渡って深く関わってきた仲間たちに話を訊くと良いと教えてくれた。これらのアーティストたちは、主宰者ふたりと変わらぬ熱い想いでBasic Channelの音楽とその遺産について語ってくれた。これは、目の前にあるものだけでなく、不明瞭なものや、除外されたものも大事にするという、von OswaldとErnestusの哲学が一切ブレていないことを物語っていた。

今回の特集では、Basic Channel諸作の中から、25曲の重要なトラックをピックアップしている。また、新旧のインタビューを組み合わせて、このレーベルの諸作に共通して見え隠れする「何か」を炙り出そうとしている。まるでBasic Channelがリリースした色褪せない数々の名曲の、どんよりと謎めいた、躍進的なシーケンスの中で、現れては消える何かのように。

「BC 01」は痛烈な、150BPMで組まれた声明文だ。怒涛のアルペジオがJeff Millsを彷彿させるほか、B面にはMills本人のリミックスも収録しており、Jeff MillsのレーベルAxisとの繋がりが見えてくる。その翌年にはRobert Hoodの『Minimal Nation』がAxisから発表され、無駄を削ぎ落としたテクノの革新的なビジョンが２つのレーベルによって具現化されていった。"Enforcement"は突然始まり、明確な展開などなしに、13分後にフェードアウトするトラックだ。

Basic Channelは"Enforcement"のシーケンスで、時間という概念のない無限の世界を創り出していたが、Quadrant名義では、彼らがいかにダブのプロセスに深く浸っているかが明らかになった。"Infinition"の印象深いシンセ・スタブは、デトロイトの第二世代の機能的なフューチャーイズムと呼応するものがあるが、どことなく漂う荒廃の蒸気が瞑想的な脳内宇宙を創りだしており、Basic Channelらしいサウンドになっている。

ベルリン、デトロイト、キングストン

Mark Ernestus: 1989年の秋にHard Waxをオープンした。レコード店業界は自分にとって全く新しい領域だった。DJの知り合いもいなかったし、可能性に満ち溢れたこのシーンについて、詳しかったわけでもない。しかし、このシーンをどうにかするべきだと感じていたのは俺だけではないはずだ、と確信していた。1990年の終わり、俺はアメリカに渡った。この音楽が生み出されている場所に行きたかったし、取引している人たちと実際に会いたかったんだ...シカゴとか、特にデトロイトの人たちは、ドイツ人が飛行機に乗ってレコードを買い付けにくることにとても驚いていた。 [Der Klang Der Familie, 2014]

Carl Craig: Mark Ernestusはここ、デトロイトに一人で来ていた。URが始動したばかりの頃だ。デトロイト・テクノを求めてベルリンからわざわざデトロイトに足を運んでいた人は、彼以外にいなかったんじゃないかな。デトロイトのロックとかソウルを求める人達はいただろうけど、テクノに関してはMarkが最初だ。

Edward George (Hallucinator): 当時、Black Audio Film Collectiveで作家とリサーチャー、そして後にディレクター、プレゼンターをやっていた。その頃カムデンにはZoom Recordsという店があって、昼休みの時間と、仕事の前と後に店に行っては新譜をチェックしていた。俺は85年くらいからハウスとテクノを追っていた。その年、ジャマイカン・ミュージックはSleng Teng / King Jammyとかの影響でアナログ・ベースからデジタルに移行するという、大きな転機を迎えていた。特にダブ周辺で。Zoom Recordsに行くと、Planet Eから出てたPaperclip Peopleのシングルを見かけた。B面は"Remake (Basic Reshape)"だったと思う。「面白そうだな」と思って、視聴もせずに買ったよ。その日家で聴いて、衝撃を受けたよ。

Carl Craig: 誰もあんなサウンドは聴いたことがなかった。Gramaphone Recordsから電話があったのを覚えているよ。「この人達は何者だ？」ってね。信じられなかったようだ。まるで遠い宇宙から届いた交信のようなサウンドだった。この銀河系から発信された音に聴こえなかった。別次元の音だよ。ブラックホールのような音楽があるとしたら、Basic Channelの音楽がそれだ。

Edward George (Hallucinator): 衝撃を受けた理由は、彼らがどうやったのか想像もつかなかったが、ダブのプロセスとか、ダブのテクニック、ダブの描く宇宙がそこにはあるように感じたからなんだ。「ついにやった！やっちまいやがった！」っていう気持ちだった。ついにテクノは、ジャマイカの音楽の過剰でブッ飛んでる部分と交差する方法を見つけてしまったんだ。しかしこれがいったい何者で、しかもどうやってそれをやってのけたのかは、まだわからなかった。

Basic Channelのシングルを集めるようになった。見た目がすごく良かったからね。スタンプも好きだったし、重量盤なのも良かった。National Soundでカットされているところとか。俺はよくピッチを下げてかけていた。原曲のスピードのままかけることは無かったよ。特に"Octaedre"と"Octagon"と"Phylyps Trak II"。「これはアフリカの音楽だ」って思ってた。「たまたま高速で演奏しているだけで、これをピッチを下げて聴けばいい。」彼らが何者で、どこから来た人たちで、何をやっている人たちなのか、一切わからなかった。そもそも二人組なのか？ふたりの男なのか？キリンと馬のコンビか？何もわからなかったよ。

Carl Craig: 初期のBasic Channelの音楽にはデトロイト・フレイヴァーがあった。むしろJeff Millsの影響が濃かったと思う。Basic Channelの初期作は、より荒廃したデトロイト・テクノだった。俺たちは手に入るものでできることをやっていたが、彼らは全く違うことをしていた。デトロイトで俺たちは絵画を作っていた。彼らは彫刻を作っていたんだ。

完璧なテクノ・グルーヴに溢れるリリース作のなかでも、 "Phylyps Trak II"は一際輝いている。ビートの間を縫うように活発に這う、キラー・ベースラインのせいだろうか？それとも、トラックがループするたびに変形していき、キックドラムが打つたびに脳の奥底へと潜っていくダブ・コードのせいだろうか？ミニマル・ダンスミュージックの最高峰だ。

Manuel Göttschingが1981年に録音した重要作『E2-E4』は、ギター、シンセ、シーケンサーを用いた即興作品であり、その肩の力を抜いた、神がかりな内容にダンス・ミュージック界が魅了された。Sueño Latinoによる有名なリミックスに続き、Carl Craigも『E2-E4』のリミックスを担当し、原曲のリズムを活用しながらもパーカッション・ヘビーなバージョンをリリースした。そしてそのリメイクを担当したBasic Channelは、C2のバージョンを解体し、Göttschingの原曲のベースライン以外の要素を削ぎ落としている。彼らはミニマリストなメロディーづくりに頼らず、分厚い音の層を重ねて、陶酔的な空間を構築し、原曲と同等の恍惚の境地に到達することに成功している。

Hard Wax

Carl Craig: このコミュニティーでたくさんの素晴らしい音楽スタイルが生まれた。Hard Waxがすべての源泉だった。90年代のHard Waxって、間違ったレコードの話でもするもんなら店を追い出されるような、そんな雰囲気の場所だったんだ。店で扱う音楽に関して厳しかった。レゲエか、じゃなかったらよっぽど良い音楽じゃないと扱われなかった。何年もあそこで働いていたDJ Rokなんかは、いつも軍服を着ていたよ（笑）。あの店はURのヨーロッパ版、って感じだった。URベルリン支部とかじゃなくて、URのヨーロッパ本部だ。

Kodwo Eshun: そんな中、依然として取引所や交流の場として機能していたHard Waxは、ポスト・テクノの世界への入り口と化し、ダブ、エレクトロアコースティック、2ステップ・ジャングルといった音楽や、元URのメンバーJeff Millsの作品に触れることができる場所であった。むしろ、建物全体がひとつの生態系として完結しており、Chain Reactionやその他の関連レーベルがこの場から生まれていった。例えば、Ernestusとvon Oswaldによる、レゲエに傾倒したRhythm & SoundとBurial Mix。もともとアブストラクトなエレクトロアコースティック作をリリースするためにvon Oswaldによって設立され、現在はMonolakeのRobert Henkeが主宰するImbalance。Sascha BrauerとVarious ArtistsのTorsten Pröfrockが運営するDinなどがある。また、同じ建物にはデトロイト基準でヴァイナルをカットするためにBasic Channelが設置したDubplates & Masteringの部屋もある。これらの活動はすべて独立していながらも複雑に連結しており、自主的でありながら関連深く、切り離しも可能だが繋がっていた。[The Wire, 1998]

Robert Henke: このシーンにこれほどまでに惹かれた理由のひとつ。それは、コミュニティーの一員だという感覚が強くあったこと。同じような考えをもった人たちと、アイディアを共有して、リリースのこと、音楽のこと、コンサートやパフォーマンスのことについて話すことができた。それがとても重要なことだった。そして皆、お互いのリリース作をちゃんと聴いていて、それはとても貴重な環境だったと思うんだ。

Carl Craig: 俺はいつもMoritzのスタジオにまず行くか、ふたりのジョイント・スタジオに行くか、あるいはMarkの機材があるパーソナル・スタジオに行っていた。レアな機材がたくさんあるから、いつもお菓子屋さんに入った子供のような気分だったよ。Markは（Sequential Circuits社の）Prophet 10を持っていて、いつもそれに目が釘付けだった。面白いことに、たしか彼はそれをデトロイトで買ったと言っていた。彼らはGeorge ClintonとParliament FunkadelicなんかがレコーディングをしていたUnited Soundからシンセを購入していた。彼らのスタジオに行って、シンセ以外にもどんなエフェクターとかスピーカーを使っているのかを見るのは、とても楽しかったな。

Robert Henke: MarkとMoritzとミーティングをする約束をした。そしてBasic Channelのスタジオでミーティングを行った。彼らのスタジオに行ったのはそのときが初だった。あそこは電子音楽の遊び場だったよ。普通のレコーディング・スタジオとは機材の置き方が全然違っていた。電子楽器でパーカッシヴな音を作り出すことを最優先に考えてスタジオづくりした感じだった。四隅には４つのラウドスピーカーが設置されていて、コンソールは部屋の中央にはなかった。興味深い設置の仕方だったよ。

Moritz von Oswald: もちろん、機材は頻繁に変えていた。何年も同じものを使うことはあまりないんだ。カスタムモデルのものとかでない限りは。なるべく新しいものも、古いものも使うようにしているよ。[Moritz von Oswald Lecture (Barcelona 2008), Red Bull Music Academy]

Robert Henke: 俺たちは皆手探り状態だった。Basic Channel/Chain Reaction周辺のこと全般に言えることだ。皆、それぞれのやり方でやっていた。それはとても良いことだったと思う。自分たちで美学を編み出していたから、何かの基準に沿ってやる必要がなかった。重要だったのは、その結果に満足するかどうか。それだけだった。

マスタリングやヴァイナル・カットに関しても同じ考え方だった。普通のマスタリング・スタジオだったら、音楽を大幅にいじるようなことはせず、最終的に少し音が良くなってる状態にするのが当たり前だ。俺たちは、スタジオに持ち込まれる音楽はあくまで素材であり、それをいかに磨くか、という意識があった。音のバランスをガラっと変えてみたり、コンプレッサーをしっかりかけたり、音のダイナミクスをがっつりいじっちゃうようなことを平気で行ってた。それは、俺たちの経験不足から来ることでもあったが、それがここのコンセプトでもあった。当時のお客さんたちは皆、ホームスタジオで制作しているような人たちだった。Chain Reactionクルーのアーティストで、大きなスタジオとか、プロ仕様の環境で制作しているような人なんていなかった。つまり、彼らの多くは、Dubplates & Masteringに持ち込んだときに初めてトラックを大きなスピーカーで聴くことになる。だからここでマスタリングをするというのは、生の素材を持ち込んで、あとは俺たちが調理してそれを返す、ということを意味したんだ。それが俺たちの売りだったし、たいていはそれが実現できていたと思う。

大失敗に終わったときもあったけど、基本的には上手くいってたと思うし、音や美学を統一させて、独特のサウンドを定義づけることができたんじゃないかと思う。レコードのカッティングのプロセスとは、マスタリング・エンジニアと音楽の対話だが、同時に、アーティストとマスタリング・エンジニアとの対話でもある。あそこで働いていたときのなかで一番楽しかったのは、アーティストと一緒にカッティング・ルームにいて、何か新しいものを生み出そうとしていた瞬間だった。

永遠に続きそうなトラックというものはあるが、Maurizioの「M5」のA面がまさにそれだ。グルーヴィーに低音を響かせる同曲はミニマリズムの最高峰であり、時代を超越したダブとテクノの融合がこのジャンルの真髄を体現している。非の打ち所がないテクノ・ループとまで言えるかもしれない。

Basic Channelの作品には早い時間帯や遅い時間帯が合いそうなトラックが多いが、"Domina"の"Maurizio Mix"ならDJは気兼ねなくクラブが大盛り上がりの時間にかけることができるだろう。まだら模様のように所々にシンセがふりかけられたこのトラックは、強圧なグルーヴでパンパンのフロアを揺らす、勢いのあるピークタイム・テクノだ。しかし中盤の雰囲気が変わるイジワルには要注意。おそらく何人ものちゃんと聴いてないDJが騙されてきたはずだ。

Basic Channelの進化の過程にはミッシング・リンクはない。この曲はBasic Channelのアプローチと、その後に続く空間的なダブとの架け橋であった。「M7」はvon Oswaldが「転換期」と呼ぶ時期を象徴する。「曲にもっと隙間を入れるようになった。それまで俺たちが作っていた密度の高い音楽に少し飽きていたんだ。クラブでかけるかどうかは考えていなかった。」

Main Street Records

Carl Craig: "I'm Your Brother"はもちろん、クラシックだね。素晴らしい曲だ。この頃彼らは勢いに乗っていた。クオリティが安定していたし、どんどんレベルが上がっていた。

Kodwo Eshun: Chain Reactionの音楽がハウスなのかテクノなのかダブなのか、誰もわからない。 [The Wire, 1998]

Main Street RecordsはBasic Channelの世界の中でハウス・レーベルに位置する。リリース第一弾は紛れもない名曲だ。"I'm Your Brother"は、"Promised Land"からPrescriptionまでのクラシック・シカゴ・ハウスを彷彿させる（B面に収録されたRon TrentとChez Damierの"Chicago's Twisted Mix"も見逃せない1曲）。ベテラン・セッション・ヴォーカリストのAndy Caineをフィーチャーした同曲は、Isley Jasper Isleyの"Caravan Of Love"の高揚感溢れるメッセージを伝える。いつまでも色あせない、心踊るハウス・ミュージックだ。

Chain Reaction

Robert Henke: Basic Channelのスタジオに行ったとき、その場で俺の曲を聴いてもらえるのかと思っていたから興奮していた。しかし、実際にはただ会話をして、夕飯を食べに行っただけで終わった。俺は困惑した。Markに「来週連絡してくれ」と言われた。おれは東ベルリンに住んでいたんだが、当時電話を持ってなかった。当時の東ベルリンの多くの人は家に電話がなかった。だから雨が降るなか、俺は電話ボックスに並んだ。ようやく電話をかけたら、口数の少ないMoritzが出た。彼は「最近色々リリースされているけど、どれも似たようなものばかりでつまらない」と言った。これはきっと遠回しに俺の音楽がつまらないと言いたいんだろうと思って、落ち込んだ。Moritzはその後も回りくどく、いかにつまらない曲ばかりが出ているかについて語っていて、俺はもうあまり話を聞いていなくて、電話ボックスに落ちる雨の音に気を取られながら、しょんぼりしていた。

するとMoritzが「ジャケをどうするか考えないと」と言い出した。あれ、リリースしないならなんでジャケの話をするんだ？って思ったよ。今思うと笑っちゃうな。このとき、ビジネス面だけじゃなくてパーソナルな面でも彼らと深く関わり始めたんだ。それからは時間があっという間だった。

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Robert Henkeによると、"Cyan I"で鳴っている不思議なブーンという音は、Gerhard Behlesと一緒にスタジオで蚊の羽音を録音し、ピッチをいじって作り出したのだそうだ。しかし同曲の最も印象的な特徴はそこではない。それは、FM音源のドラム音（HenkeもBehlesもちゃんとしたドラムマシンを持っていなかったそうだ）とフィールド・レコーディングを組み合わせることで、都会の街並みを眺めているような気分にも、熱帯雨林にいる気分にもさせるところだ。

René Löwe (Vainqueur): 95年の5月に最初の"Elevation"の12インチをやったときは、古いサンプリング・ドラムマシンのSequential Studio 440でドラムを組んでいたんだけど、それからシーケンスそのものが大事だと気がついた。ドラムは一旦忘れることにした。それまでそんなアンビエントなトラックはやったことがなかったから、あれは重要な気づきだった。最初の"Elevation"はとても感情的な制作だったよ。没頭して3時間ぐらいで制作した。先にドラムを組んでから音を重ねていったんだけど、上ネタがあまりにもパワフルで、打楽器がなくても十分だと気がついて感動した。そしてこの曲をやったあと、自分はこういうのが本当に好きなんだと気付いた。音を開放して、音の行方に身を任せることが。

山の上を飛んでいるような気分になる。ノルウェーとか北欧が好きなんだ。そういう自然が好きだ。過酷で美しくて、冷たくて、夜になるととてもクリアな自然。 [The Wire, 1998]

René Löwe

"Elevation II"は、Rene Löweが最もミニマリズムに接近した1曲だ。テクノとダブの残像はあるが、ここでLöweがしようとしていたことは、フェーズ・パターンや、徐々に変形していく音色、そして音の空間をよりしっかりと聴かせることだったのだろう。言葉で説明するとおかしなことだが、直感的に捉えるとすんなり理解できる。"Elevation II"は、そんな手の届くアブストラクト・ミュージックである。

Carl Craig: 彼らのリリース作は俺がリリースしてきた音楽よりも一貫したテーマがあると思う。俺の場合は、自分が好きなもの、人とは違うもの、そして色々なことに挑戦することがリリースの基準になってる。もしロックであっても、これだ、と思うものと出会ったら間違いなくリリースするだろう。しかし彼らの場合は、そういうことはないんじゃないかと思う。それが彼らの目的ではなかった。彼らの意図は、Basic Channelという自分たちの銀河系を作り上げることであり、距離感の近い音楽をリリースして世界観を固めることだったんだと思う。

Anna Piva (Hallucinator): 90年代は特別な時代だった。当時まだ「ダブテクノ」という呼び名はなくて、その後にできた言葉だった。2002年にCentre Pompidouで『Sonic Process』という展示があった。当時クラブミュージックと呼ばれるようになった音楽と、それらがどのように芸術や芸術的プロセスと関連するかを探った展示だった。当時もうその音楽は完成していると思われていたけど、クラブミュージックが自由だった時代は、テクノが自由であることも意味する。そしてChain Reactionはそれらをすべて内包するくらい幅広かった。

"Port Gentil"は、1996年にChain Reactionからリリースされた『Biokinetics』の冒頭に収録された12分の曲。同アルバムはダブテクノの傑作として広く知られている。粒ぞろいのアルバムの中でも一際目立つのがこの"Port Gentil"。コードやエフェクトが渦を巻きながら、多幸感と哀愁が同時に漂うムードを作り上げている。

"Relish"を発表することで、DJ Peteは控えめにアンセミックで、かつフロア志向な、ベルリン・ダブテクノの典型的なサウンドの雛形を作った。このスタブ・パターンはその後様々な曲で再現されたが、同曲のユニークなザラついた質感と、柔軟なベース音が放つパワーを超えるトラックはまだ現れていない。

ミニマル・テクノが微細な音の粒子にこだわるようになったのは、OvalやMille Plateauxの作品に並んで、劣悪な質感の美を追求したChain Reactionの諸作が種をまいていたからだろう。その最たる例が"Huone"だ。これはまるでセピア色に褪せた、Ricardo Villalobos制作のトラックに聴こえる。Vladislav Delayのリリース量の膨大さのせいで見逃されやすいが、"Huone"はそういった先見の明を発揮したトラックであった。

2000年代後半にT++名義で活動していたTorsten Prüfrockは、Chain Reactionの美的センスとUKのリズムの歪みを組み合わせ、現在でも類を見ないクオリティの12インチを多数リリースした。なぜか彼がVarious Artists名義でリリースしたレコードに収録された"3"は、冷淡になりがちなダブテクノから最大限の情感を抽出しており、暖かい幸福感と冷たい悲壮感が同居するグレーゾーンに鎮座している。

Shinichi AtobeはChain Reactionクルーのなかでも最も謎多き存在だ。2001年に名盤「Ship-Scope」EPを発表するも、その後13年間音沙汰なく、インタビューなども行わなかった。"The Red Line"の物悲しげなダブテクノ・サウンドは多くの心を掴み、今でもAtobeはアンダーグラウンドで支持を集める。優しい波のように脈打つ"The Red Line"のメランコリックなピアノは、Chain Reactionの諸作のなかで最も美しい音色と言えるかもしれない。

20世紀が終りを迎える頃、Chain Reactionのキーパーソンの多くが他の道へと旅立っていた。1999年にPorter Ricksは引退しており、PröfrockはDINレーベルの運営に集中し、MaurizioとBasic Channelの活動がストップした代わりにRhythm & Soundプロジェクトが始動していた。しかしその頃、Fluxionはエンジンがかかったばかりであった。その後"Largo"など、多方面から反響を呼ぶリリースを重ね、21世紀のChain Reactionを先導するひとりになった。

Rhythm & Sound

Moritz von Oswald: レゲエとか、他のトラックを制作していて気付いたのは、「終わった」と思ったときが制作の終わりだということ。すぐに終わってもいいし、あと10分かかると思ったらあと10分かければいい。私は1曲にあまり時間をかけない。間違いがあっても、終わりだと思ったらもう終わりだ。もしヴァイブが良いなら、もしフィーリングが良いなら、細かいミスは無視してもいい。細かい間違いを修正することはできるが、私は敢えてそのままにする。ミスしたときに発生するちょっとしたノイズが好きなんだ。もちろん、それがひどいものでないかぎりね。[Moritz von Oswald Lecture (Barcelona 2008), Red Bull Music Academy]

Edward George (Hallucinator): Kodwo EshunがThe WireでBasic Channelの特集記事を書くことになっていた。Porter RicksだとかTikimanとか、色々な人をインタビューするという話だった。彼に一緒に来ないか？と誘われた。俺は取材に同行して、自分の憧れの存在を目の前にしてとても興奮したんだ。「あなたがやったあれも凄かったし、あれもこれも、あれも最高だった！」

かつてLouis Armstrongが「秘密結社」だと言っていたが、あれと同じだ。音楽を中心とした秘密結社なのだと彼は言っていた。そして彼らもその秘密結社の一員だと俺は感じた。彼らがRhythm & Soundを始めていた頃だ。"Music A Fe Rule"のファーストプレスが出来たばかりだった。彼らに「もし何か曲ができたら聞かせてよ」と言われた。「え、俺？」そこで、俺はメンバーのAnnaやTrevorにその話をした。「聞いてくれよ、すごいぜ！」って。そして2年くらいダラダラ制作していた曲を彼らに送ったら、ファミリーの一員として受け入れてくれたんだ。

Moritz von Oswald: ヘッドフォンとかiPodで音楽を聴くのも良いけど、良いクラブで聴くのはまったく別物なんだ。まったく違う魅力だ。[Moritz von Oswald Lecture (Barcelona 2008), Red Bull Music Academy]

Anna Piva (Hallucinator): Rhythm & Sound w/ Tikimanの『Showcase』は、新鮮で、かつ包括的なルーツ・シンギングを提示して、芯がブレることなく違った形態で遊ぶことに成功した作品だと思う。これは踊るための音楽ではない。サウンドシステムで聴くような音楽ではない。でもこの音楽をかけると、その空間になんらかの影響を及ぼす。その空間の空気を変える力を持ってる。

そうさせる要因はいったい何なのか、私はよく考えていたけど、その正体はダブだと思う。"What A Mistry"で彼らは大きな発見をしたと思う。ダブ処理が上手くいくと、空間を広げる力を持ってる。外の環境を作用するだけでなく、あなたの内面の環境をも作用する。奥行きを持たすことで他の周波数が通過することができる。"What A Mistry"のテーマはそういうことじゃないかと思う。その深い宇宙。そしてその深い宇宙を通る何か。言葉にはできないものだけど、音楽を通じて得られる何か。

Edward George (Hallucinator): Annaの言ってることの関連で、俺がとても興味深いと思うのが、"What A Mistry"の歌詞にはこういう一節がある。「毎日プランテーションで汗水流し...」。そこで突然奴隷制度がテーマとして浮上するんだ。奴隷が働かされたプランテーション（農園）という場所が登場する。そこにAnnaが言っている空間とか、湿度、温度といった要素を組み合わせて考えてみる。ガーナとか、南米、ジャマイカといった場所に行くとわかるけど、暑さはすべてを圧制する。鎖に繋がれて船で連れてこられた人たちのことを考えてほしい。船に揺られて自分の糞や吐瀉物にまみれて。泥や水の中を引きずられて、沼沢地に連れられて。特にガーナのような乾いた、広い土地から連れられて来た人にしてみれば、その密度は耐え難い。Coxsone、Ruddy Redwood、Lee Perry、Erroll Thompsonといったダブのパイオニアたちは無意識のうちに、音楽を通じて活路を見出していたのではないかと思うんだ。

EdwardとAnnaが語るとおり、"What A Mistry"はBurial Mixの作品のなかでも特にディープな曲だ。「Ohなんてミステリー...Ohなんて不幸」とTikimanは歌う。そして天を仰ぎ「なんとか神のお仰せの通りにする」と誓う。そのバックには、Ernestusとvon Oswaldによるスキャンクなオルガン・リフ。Boris Gardnerも喜ぶベースライン。そして容赦なく照り注ぐ日差しのように、テープノイズが宙を漂う。

Tikiman (AKA Paul St. Hilaire)は数少ないインタビューで、「俺はひとつの音楽スタイルにこだわらない。すべてのグッドミュージックにオープンだ」と語っていた。Tikimanは、Ernestusとvon Oswaldが望んでいたMCだ。"Music A Fe Rule"では、Rhythm & Sound作品のなかでも特に毒のあるリディムで、30分近くTikimanがトースティングする。

MarkとMoritzは"Phylyps Trak II"から"M7"へと進化していく過程で、自分たちの音楽をどんどんと空洞化していく。1999年に"Carrier"をリリースした彼らは、広大なアンビエント・ダブという思想に到達する。最初に鳴り響くスタブは、さながら砂浜に立てられた旗だ。そしてその旗はすぐさま、渦巻く空間音と深く脈打つ低音の海に飲まれていく。

Anna Piva (Hallucinator): 90年代のベルリンには素敵なクラブや小さなスペースがたくさんあった。美しい、奥まった空間。MarkとMoritzの音楽を初めて聞いたとき、とてもメランコリックな音楽だと思った。それはベルリンの歴史が関わってるのかもしれない。デトロイトの音楽にも、西アフリカの音楽にもない何かがあった。哀愁があって、マイナーで、とてもディープな...そういった小さなスペースでもの思いにふけたり、歴史を感じたりできるからこそ生まれるものなんじゃないかな。

その哀愁が顕著なのはこの曲だ。Wackie関連アーティスト、Claudette BrownことLove Joyがマイナーキーのリディムで心痛む裏切りの歌を唄う。体と心を踊らせる、アンチ・ラヴァーズロックだ。

「カルチャーのルーツについて話そう」。Rhythm & Soundは、Jennifer Laraや、"Armagideon Man"ことWilli WilliamsといったStudio Oneのオールスターたちとコラボレーションをすることに成功している。Edward Georgeは、自分たちが手がけた"See Mi Yah"のリミックスは「MarkとMoritzへのラブレター」だったと言う。GeorgeとPivaがJah Shakaのパーティーで学んだ、空間と肉体に関する教訓が現れている曲だ。

リミックス

Moritz von Oswald: リミックスのやり方は人それぞれだ。原曲をアレンジしてもいいし、原曲とは一見関係なさそうな曲を新しく作ってしまってもいい。私は、原曲と関連していながらも、別の新しい曲として作られたリミックスが好きだ。[Moritz von Oswald Lecture (Barcelona 2008), Red Bull Music Academy]

Carl Craig: リミックスに関しては、リミキサーがしっかりとその曲を自分のものにしないといけないと俺は思う。すると最終的に出来上がるのは、ある意味完璧とも言えるコラボだ。リミックスと言ってもいいが、たいていは曲の作り直しだ。Basic Channelの場合は、必ずBasic Channelっぽくなった。Basic Channelの音楽は、どの曲も紛れもないBasic Channelっぽさがあったんだ。それは彼らのレガシーを確固たるものにした要因でもあった。

パーティーに行くまでの道を歩いてる気分にするダンスミュージックというものがあるが、von Oswaldが手がけた"Starlight"のリミックスのドラムは、まさにその美しき距離感を象徴する。von OswaldはJuan Atkinsの"Starlight"のセッション音源を解体し、浮遊するパッドやシンコペーションのベースラインの間に隙間を見出した。同曲は、3MBからBorderlandまで続くコラボレーション歴のハイライトのひとつだ。

Rhythm & Soundは憧れのプロデューサーであるLloyd "Bullwackie" Barnesのリミックスを手がけるオファーを受けたとき、何週間もかけて原曲で実験を繰り返したあと、ライブ・リミックスを作り出した。その忍耐は天才的なダブを生み出した。Bullwackieの'80sブロンクス・サウンドをアップデートした同曲の、上昇と下降を続けるシンセラインは息を呑むほど素晴らしく、敬虔さと先鋭さを両方兼ね備えたリミックスに仕上がっている。

"Quadrant Dub II"は、Basic Channelのプロセスに光を当てる優れたリミックスだ。Ernestusとvon Oswaldは、まるで多様なスタイルを引き出しにしまって、いつでも取り出せるようにしているかのようだ。この曲では、Quadrantプロジェクトの破壊力抜群の1小節ループと、その後彼らの得意サウンドとなる簡素な空間的アプローチを融合させている。多幸感溢れるストリングスと"I'm Your Brother"のヴォーカルが、ほんのちょっと水平線の向こう側に見え隠れする。

この曲の2バージョンは似ているが特徴的でもあり、彼らのリメイク／リモデルの精神が現れている。RBMAのインタビューにてvon Oswaldはこう言っている。「ひとつのトラックの別バージョンを生み出す良い方法は、ダブバージョンを作ったり、インストの一部分から別のトラックを作ったり、ヴォーカルを入れたりして、そこから展開させるんだ。ミックスをして、ミックスを変えて、過去にやったことがあることを試して。レゲエやダブが私たちに教えてくれたのは、曲には終わりがなくて、常に別のバージョンを生み出すことができる、っていうことなんじゃないかな？」

部分的でなければ、結論もない

Edward George (Hallucinator): Chain Reactionだとか、MarkとMoritzの初期のシングルとかReshapeとかって、まだ明確に出来上がっていない「型」にこだわりがあるように思うんだ。ちゃんとした音楽になる前の音楽、というか。テクノが発明される前のテクノというか。その言葉が定義づけられる前。また、崩れてバラバラになっている部分を内包する「型」にもこだわっている。どういうことかと言うと、Lee Perryの"Dub Revolution Part 1"で、マイクの電源が入っているけど音が出てなくて、EQやフェーダーが上がってるからノイズが聴こえる瞬間がある。Studio OneでSylvan Morrisがエンジニアリングやミキシングのモチーフにした、オープンリールのテープノイズだが、音響オタク的に言えばレコーディングの残骸だ。テクノロジーが嘘をつけない瞬間だ。

Anna Piva (Hallucinator): 私は、MarkとMoritzはジャンルやスタイルの境界線にとても敏感なんじゃないかと思う。そして、そこで遊ぶ。そして、彼らが何か新しい型と出会って、それをいじるうちに、別の新しいものを生み出す。それはMarkの最新のプロジェクト、Mark Ernestus' Ndagga Rhythm Forceでも言えること。私の印象としては、彼らはまずベーシックな要素を素材として使って（Basic Channelという名前には理由がある）、そこから何か新しいものを炙り出してきたんだと思う。彼らはその型のまだあまり開拓されていないポテンシャルを模索して、そこから新しい道を切り開く。そして、それを引き算で見出す。Markの最新プロジェクトがまさにそう。無駄を極限まで省いたからこそ到達できるような禁欲的な領域にあのプロジェクトは達していると思う。それ自体がダブプロセスだと思う。

Edward George (Hallucinator): 興味深いことだよ。今俺たちが語っているのは、混成が成り立つ空間を構築することだと思う。新しい形成や、これまでとは違った気づきが形づくられていく場所。しかしこれには条件があって、原始的でいないといけないんだ。まだ言葉になっていない概念に触れるために、発達しすぎてはだめ。

Anna Piva (Hallucinator): そう考えると、Basic Channelという名前もまた別の角度から理解できる。

Edward George (Hallucinator): シカゴ・ハウスとかKalamazooとかで昔から面白いなって思ってたのは、そういった音楽って初期のBo Diddleyとかを彷彿させる粗っぽさがあるんだ。CDではなくて、もし7インチを見つけることができたら、"Hush Your Mouth"とか"Pretty Thing"とかを聴いてみてほしい。その泥にまみれた音はまるで、ありとあらゆる生物が誕生する原形質みたいだ。MarkとMoritz、Chain Reaction、Hallucinatorとかが出てくる前、テクノとハウスには泥臭い、汚れた音質からクリーンな音に移行する動きがあった。MarkとMoritzたちは、音楽には周期があることを伝えてくれたんじゃないかな。そして、泥や土のような、はっきりとしない不明瞭な所から原始的な何かが生まれてくる。彼らの哲学はきっとそういう感じじゃないだろうか。

Andy Mellwig (Porter Ricks, Dubplates & Mastering): 動くとは、視点を変えることだ。頭を傾けると、メトロノームのリズム構造が変わる。身体が動いているときは、複数のリズムだ。多視点主義。ダンスの起源は、動物の動くパターンである。石器時代、人間は動物たちの動きを観察した。Thomas Könerと私にとって、ダンスとは動物や人間の自然な動きの順序なんだ。 [The Wire, 1998]

Robert Henke: 一種の流れ、という考え方がとても重要な要素なんだと思う。始まりも終わりもない流れ。Basic Channelのトラックはフェードイン・フェードアウトするものが多い。曲の構成ではあまり変化はないかもしれないが、地殻変動は起きていると言える。巨大な地殻がゆっくりと衝突したり、移動しているように。この音楽は一見、大した変化がなくて単調に思える。しかし聴き始めて5分経つと、さっきと同じ場所にある音はなく、ミックスはガラッと変わっている。これは、この時代の音楽を代表する偉業のひとつだと思うんだ。色調や、音の強弱、音の素材が微細な変化を繰り返すこのリズミカルな電子音楽は、時間を超越した感覚をもたらすんだ。

この記事にはMark SmithとMatt Unicombも寄稿しています。